写真・文/yOU(河﨑夕子)

シャンパンの酔い方と言うのは実に不思議だ。飲むとすぐにふわりと高揚して、心地よく幸せな感覚に捕らわれる。そして斜面を急降下するようにさっと酔いは覚め、また次に飲めるのだ。

そんな魅惑的な飲み物「シャンパン」を求めてフランスの北東部シャンパーニュ地方を訪ねた。

シャンパーニュ地方の中心都市ランスはパリから特急列車TGVでたったの45分。到着したランス駅の周辺には緑があふれ、パリとは趣の違った穏やかな空気が流れる街並みだ。シャンパン産業が盛んなことで、フランスの他の都市に比べて市民の所得が高いと言われる所以だろうか。

その歴史はローマ時代に遡り、歴代国王の戴冠式が行われてきたフランス王家の聖なる都市とも呼ばれている。戴冠式が行われてきたノートルダム大聖堂が街の中心となり、その端から端までは自転車でも移動できるほどの距離。

今回はこの小さな魅力的な街を拠点に、車で移動できるエリアに点在するシャンパンメゾンやシャンパンハウスをご紹介しよう。

ランス駅

ノートルダム大聖堂

路面電車が走るランスの街並み

■1:ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン

ランスの街の郊外には、日本でも知られる大手メゾンが点在する。ヴーヴ・クリコ、ポメリー、テタンジェ、そしてクリュッグにマム、ルイ・ロデレール…。それぞれの個性際立つ建物はまるでお城のようなものまである。

メゾンの前を歩くとほんのりシャンパンの香りがするので、それだけで幸せな気分になるというものだ。憧れのグランメゾンを歩いて巡れるのも、この街のちょうどいいサイズならでは。

そんな中、カーヴ見学に選んだのは、駅からバスで南東に向かって15分ほどのところにあるイエローラベルで有名なヴーヴ・クリコ。朝10時半からの見学ツアーに参加した。

シャンパンメゾン「マム」

シャンパンメゾン「ポメリー」まるでお城のようだ

こちらが今回見学した「ヴーヴ・クリコ」

ヴーヴ・クリコは創業240年を迎える老舗のグランメゾン。「ヴーヴ」とはフランス語で未亡人を表す言葉で、創業者の奥様だったクリコ未亡人のことである。

彼女は27歳の若さで未亡人となり、夫が残したシャンパンメゾンを切り盛りし、生涯をかけて世界的に有名なグラン・メゾンにまで築き上げた話は世界的にも有名だ。

マダム・クリコの肖像画が飾られている

担当スタッフに集められたツアー参加者は15名ほど。ほとんどがアメリカ人観光客のようだった。

今回のツアーは単なるカーブ見学ではなく、「ラ・グランダム」と名付けられたメゾン最高峰のヴィンテージ・シャンパンの試飲付き。「偉大な女性」という意味を持つこのシャンパンはマダム・クリコを称え、8つのグラン・クリュ(特級畑)で収穫した葡萄をブレンドしている。

そんな特別なシャンパンが飲めるとあって、ツアー参加者の気分も幾分か高揚しているように感じられた。

ヴィンテージ・シャンパン「ラ・グランダム」

地下18メートルの深さに広がる巨大カーヴへは長い階段を下って行く。かつての石切り場がそのままカーヴとして使用されているのもシャンパーニュ地方のメゾンの見どころの一つだ。しかしカーヴの中はとても寒く、夏でも羽織が必要。この石灰質に包まれた低温環境がシャンパンが時間をかけて熟成されるのに適しているのだろう。

収穫後に圧搾された葡萄果汁が一次発酵後に、瓶詰め(ティラージュ)されてこのカーヴに移される。マダム・クリコのシャンパンへの思いが詰まった空間は、とても神聖な空気を醸しており、スタッフからメゾンの歴史とシャンパンの作業工程の説明を受けながら、広いカーヴの中を進んでいった。

広大なカーヴの中とヴィンテージの年が刻まれた長い階段

またシャンパンの作業工程の一つである沈殿する澱を集める「ルミアージュ」はマダム・クリコが考え出した手法で、彼女が「ラ・グランダム(偉大な女性)」と言われる所以になったとか。

マダム・クリコが考え出したと言われるルミアージュの工程

かれこれ9年の熟成ものだろうか

ヴィンテージの年が書かれた階段を一段一段登り再びカーヴの外へ出ると、お待ちかねの「ラ・グランダム」はメゾンの中庭で供される。スタンダードな「イエローラベル・ブリュット」と「ラ・グランダム」の飲み比べで、二つのグラスを手に太陽の下で贅沢な時間を楽しんだ。

「ラ・グランダム」は、その名の通り力強い奥行きと美しいきめ細かい泡が印象的なシャンパンだった。

「イエローラベル・ブリュット」と「ラ・グランダム」が供される

試飲タイムは美しい中庭で

見学は予約制で、6月4日~11月30日の間で可能。(11月1日はお休み)

【ヴーヴ・クリコ・ポンサルダン】
http://jp.france.fr/ja/news/52273

■2:シャンパーニュ・ロンバール

ランスの街からローカル線で約30分、車で20分ほどの距離にある隣町、エペルネ。この街にも駅から程近い場所に、モエ・エ・シャンドンやペリエ・ジュエなどのグラン・メゾンが立ち並ぶシャンパーニュ通りがある。

ここから少し離れた丘の中腹にメゾンを構えるのがシャンパーニュ・ロンバールだ。こちらは普段は一般公開されていないが、今回は特別に中を見学させてもらった。

1925年に創立されて以来、企業規模を大きくせずに家族経営にこだわるこのメゾンは、現在のティエリー・ロンバール氏で3代目。10ヘクタールの自社畑で葡萄を栽培する以外にも農家からの買い付けも行い、栽培と醸造の両方にこだわりを持って、伝統的な手法をベースに新たなシャンパン造りに挑んでいる。

シャンパンメゾン「ロンバール」のエントランス

ティエリー氏自らにご案内いただき、葡萄収穫後に圧搾された果汁を一次発酵させるオーク樽やタンクの並ぶ醸造所、そして地下に降りて全長1.5Kmにも及ぶカーヴへ。ロンバールのカーヴの中は、ヴーヴ・クリコのそれとはまた違った厳かな雰囲気が漂う。薄ぼんやりと電灯色に照らされたアーチ型の長いトンネルはとてもフォトジェニックだ。

シャンパンは一次発酵後にティラージュ(瓶詰め)されて地下カーヴに移動し、6~8週間の瓶内二次発酵後はそれぞれに応じた熟成期間に入る。その後、澱を集めていって(ルミアージュ)、それを抜く作業(デゴルジュマン)を終えてようやく出荷の準備に入るのだ。

いくつもの工程と長い年月を経て大切に造られたシャンパンだからこそ、他のアルコール飲料に比べて高級であることも納得!なのである。

長く伸びるカーヴの中には300万本ものボトルが眠っている

ロンバール当主3代目のティエリー・ロンバール氏

現在ロンバールではいくつかのラインナップを扱っており、日本でも購入が可能だ。その中でも単一の村の葡萄果汁だけを使った「ヴィラージュシリーズ」は注目のラインナップ。

ル・メニル・シュール・オジェを始め、クラモン、ヴェルズネ、シュイイの4つの村の土壌や気候の個性が引き立つシャンパンは全てノンドザージュ(工程で甘味リキュールを加えない)で、料理の味を引き立たせるエレガントな辛口のナチュールシャンパンは、和食との相性もバッチリだ。

ヴィラージュシリーズから「ル・メニル・シュール・オジェ」

カーブ見学の後、お連れいただいたクラモン村のグラン・クリュ(特級畑)はその形状がすり鉢状であるのが特徴で、斜面に畑が広がっていることで日当たりや水はけがよく、いい葡萄が育つのに適しているそうだ。そしてル・メニル・シュール・オジェ村の畑で驚いたのはその土質。表土の下は石灰質と粘土質が入り混じった真っ白な塊。この土質こそがシャンパンに個性を与えるのに一役買っているのだとか。

メゾンでありながら葡萄の栽培にもこだわり、醸造から出荷までのほとんどを手作業で行う丁寧なシャンパン造りはその品質にも表れ、ロンバールのシャンパンはこれからますます注目されるだろう。

クラモン村のシャンパンオブジェ

クラモンのグラン・クリュはすり鉢状になっている

土壌はなんと石灰質

シャルドネ品種の葡萄も成長中

【シャンパーニュロンバール】
http://www.champagne-lombard.com

*  *  *

以上、今回はシャンパーニュ地方の中心都市ランスを拠点に、車で移動できるエリアに点在するシャンパンメゾンを2つご紹介した。次回は、同じシャンパーニュ地方の中でも、大手メーカーとはまた違ったスタイルの小さな造り手をご紹介したい。お楽しみに。

写真・文/yOU(河﨑夕子)
www.youk-photo.com

 

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