いつから、背広を着なくなったでしょう?
あれほど、毎日着ていた背広なのに…、今では、いつ着たかさえも忘れてしまいました。会社も定年になってしまったからでしょうか? 猛暑によるクルービズの定着からなのでしょうか? それとも、コロナ禍で新しい生活様式へと移行しているからでしょうか?
いろんな事情があるにせよ、とにかく背広を着なくなったことは事実です。そうした事を、じっくりと考えてみると、これは「ダンディズム」の衰退なのか? 萎縮なのか? などと思うのであります。
「ダンディズム」とは、男のおしゃれ、またはおしゃれ精神。19世紀初頭、イギリスの青年紳士の間に流行した伊達(だて)好みの気風のことですが、その「ダンディズム」の象徴、核となっていたのが“背広”そして“ネクタイ”ではなかったでしょうか?
あえて申しておきましょう。サライ世代にとっては、スーツでは無く、あくまでも“背広”なのであります。
若い頃を思い返してみると、背広の着こなしは、社会人、大人、紳士としての身嗜みの基本、ビジネスマナーの心得のような物で周りの諸先輩は、何時もピシッと背広を着こなし格好が良かった記憶があります。
しかし、今は街を歩いても見惚れるように背広を着こなしたダンディズム溢れる人を見かけることは、極めて少なくなったような気がいたします。サライ世代にとって背広は、何か特別の衣類ではなかったでしょうか。背広を着る時、いつも心がときめいたことを覚えております。
ですから、人生の大切な思い出や出来事が染み付いているように思えるのです。洋服ダンスを開けると、いまだに古い背広、体に馴染んだ背広が掛かっています。体型もすっかり変わり着られなくても、デザインが古くて着る機会もないのに、捨てる気にならないのです。
さて、今回の「懐かしい風景」は、京都の寺町京極商店街の中に在る小さな紳士服店の“ある日、ある時”の営みをご紹介いたします。そこには、きっと、あなたの青春時代の“ある日、ある時”と重なり合う情景があり、懐かしい思いに浸っていただけるものと存じます。
昭和な雰囲気が漂う店内、青春時代に引き戻してくれるトラッド商品の数々、オーナーの趣味の良さが感じられる
個人的には、昭和の人間は何かによらず“頑固”だと感じます。不器用と申しますか、生き方、自分の流儀が簡単には変えられないのです。そのことは、ファッションスタイルにも現れているようにも思います。
昭和の一時期、1960年代トラッドファッションなるものが世の中を席巻したことがあります。「みゆき族」なんて言葉が流行ったことを覚えておられるでしょうか?
アイビールックに憧れ、ファッション誌『MEN’S CLUB』に載っている服を求め、メンズショップに足繁く通っていたという方も多いことでしょう。
その頃にファッションに目覚め、身に纏った服は、やがてはトラディショナルマインド(精神)となって体の奥深くに浸透したのではないでしょうか? 『メンズショップ・ヨシカワ』のようなトラッドショップに出会うと、何故か自然と引き寄せられ入店してしまいます。そして、店内に居るだけで若かりし頃が思い出され、青春の1ページが蘇ってきます。
オーナーの吉川精二氏にお尋ねすると昭和15年の生まれ御歳81歳になられるとか。どこから見ても70歳ぐらいにしか見えません。実に矍鑠(かくしゃく)としておられ、立ち居振る舞いからは昭和ダンディズムが溢れています。穏やかな語り口調で「昭和3年(1928)に創業したこの洋服店を、父親から引き継ぎ早いもので、もう半世紀以上が経ちました」と切り出されました。
『メンズショップ・ヨシカワ』の歴史を振り返りながら、目まぐるしい変化が繰り返されてきた時代において、メンズファッションもその時代、その時代で大きく様変わりしてきたことを生き字引のように語られます。
そこには、ブランドメーカーの栄枯盛衰に翻弄されながらも、正統派トラッドファッションを頑固に貫いてきた人生哲学のようなものが感じられました。2005年からスタートしたCOOL BIZ(クールビズ)によって、紳士服業界は大きな打撃を受け、歴史あるブランドが次々と廃業に追い込まれたそうです。
そんな中でも、時代に流されぬ正統派トラッド製品を探し出し、お客様へ販売してきたといいます。そんな『メンズショップ・ヨシカワ』へは、多くの正統派トラッド愛好家が遠方から訪ねて来られるそうです。
オーナーの吉川氏は、最後に言葉を噛み締めるように次のように話されました。
「この店で販売する商品については、一定以上の品質があり、お買い上げいただいた商品はある程度の期間、通常の着用でトラブルがないような商品を選別し販売するように心がけています。量販店とは商品に対するコンセプトが必然的に異なり、使い捨てでなく長く愛用して頂き、何時の時代でも古さを感じさせない、トラディショナルな商品群を販売し続けているつもりです」と…。
そして、「大量生産、大量消費に違和感を持ちつつも、トラディショナル商品を好む人たちのために、“この店はお客様の為にある”をモットーに出来る限り長く営業してゆきたいと考え、コロナ終息を願いつつ過ごしています」と語られました。
あなたの中の「ダンディズム」の老化が進行しないよう、洋服タンスの中にしまってある背広をピシッと着こなして、『メンズショップ・ヨシカワ』へ、一度お出掛けになってみてはいかがでしょうか?
さすれば、きっと、あなたの青春時代へとタイムスリップができる場所となることでしょう。
アクセス情報
Men’s Shop YOSHIKAWA
所在地:京都市中京区寺町通三条下る永楽町227
鉄 道:阪急京都線 河原町駅より徒歩約10分
自動車:市バス 河原町三条バス停より徒歩約5分
取材・動画・撮影/貝阿彌俊彦(京都メディアライン)
ナレーション/敬太郎
京都メディアライン:https://kyotomedialine.com
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