文・写真/早川きえ(海外書き人クラブ/スペイン在住ライター)

20世紀最大の画家と呼ばれるパブロ・ピカソが「これ以上の絵は誰にも描けない」と絶賛した壁画がある。スペインはカンタブリア州のサンティアナ・デル・マル近郊にひっそりと佇む「アルタミラ洞窟」の壁画だ。約1万8000年前、旧石器時代のクロマニヨン人によって描かれたものである。

アルタミラ洞窟内でもっとも有名なバイソンの壁画

壁画の発見

壁画は当時、地元の有力者であったマルセリーノ・サンス・デ・サウトゥオラの8歳の娘マリアによって発見された。1879年のことだ。

マリアはその日、考古学者である父マルセリーノに連れられ洞窟を訪問していた。マルセリーノにとって2回目の訪問であった。洞窟の入り口付近に、旧石器時代の包含層(ほうがんそう)を発見していたため、それを証明する石器などを探していたのだ。

父の探索を横目に、マリアは小さな空間を発見する。子どもでも手が届くほどの低い天井に視線を向け、マリアは叫んだ。

「パパ、見て! 牛よ」

そこには、牛やヤギをはじめ100匹にも及ぶ動物が描かれていた。マリアが発見した牛の絵こそが、天才画家ピカソをも唸らせ、のちに洞窟壁画で歴史的に有名となる「バイソンの壁画」であった。

発見後、マルセリーノは早急に洞窟内を調査し旧石器時代の壁画だと発表する。しかし当時、未開人として認識されていた「クロマニヨン人」が描いた絵画だと信じる者はいなかった。

「詐欺だ」「独断論だ」とマルセリーノは避難を浴び続けた。洞窟の壁画が、旧石器時代のものであり、クロマニヨン人には美的能力と知的能力があったと認められたのは、無情にもマルセリーノの死後14年が経ってからである。

父マルセリーノ(左)8歳のマリア(右)

アルタミラ洞窟の壁画は何がそんなにすごいのか?

他の洞窟で発見されている壁画のほとんどが、シンプルで単色のものが多い。その中で、アルタミラの壁画は赤、黄色、茶色などの色を使い色彩豊かに描かれている。また、線のぼかしなど技法も多様だ。現代の油彩にも用いられる手法が駆使されている。

様々なバイソンが描かれた「多彩色画の間」。大きさは、長さ20m、幅約10m
うずくまったバイソン。濃淡がはっきり描かれている

「約1万8000年前に描かれた壁画がこんなに鮮やかなものなのか」と不思議に思う方もいるかもしれない。これには、ひとつ理由がある。

約1万3000年前、落石により洞窟の入り口が塞がり何千年もの間、外気から遮断されていた。それが功を奏し、良い状態を保つことができたという訳だ。

しかし、1970年代から2000年代にかけて多くの観光客の訪問により、壁画は損傷。実際に見学することが難しくなってしまう。そこで、洞窟から100mほどの場所に、当時と同じ技法で描いた本物そっくりの洞窟レプリカを建設し、人類最古の絵画をいつでも見学できるようにした。

実際の壁画は、1985年にユネスコの世界文化遺産に登録されている。

旧石器時代の名もなき天才画家の技法

「壁画のほとんどは同一人物によって描かれている」と執筆鑑定をした研究家は話す。ということは、クロマニヨン人の中にもピカソのような天才がいたと考えられる。

クロマニヨン人の天才画家は、筆も絵の具もない時代にどのように立体的で色彩豊かな壁画を描いていたのか。手順は写真でご覧いただこう。

まず、硬い石で作られた彫刻刀で、岩に下書きをする
バイソンの頭上に石で白い光を施す。木炭を鉛筆代わりにし、輪郭や獣毛を細かく描いていく
最後に色をのせる

色付けは、黄色や赤色、オレンジ色、茶色の酸化鉄系の鉱物を水で溶き着色されている。他にも、煤(すす)から黒色を、炭酸カルシウム系の鉱物からは白色など、クロマニヨン人の画家は自然の中から顔料を摂取していた。

他にも、「吹き墨」の技法で色が塗られている。筒状にした鳥の骨を使い、染料をふっと吹きかける技法だ。

手の上から染料を吹きかける「吹き墨」技法で描かれた壁画

着色剤の入れ物には、鹿の骨盤断片やカサガイの殻を使用していた。

壁画を描くのに使われていた道具

壁画が何のために描かれたのかは、今だ解明されていない。壁画のある場所は、生活空間として使用されてはおらず、儀式などが行われる特別な空間だったといわれている。また、「狩りを成功させるために描いていた」、「動物を信仰していた」などさまざまな説もある。

一つだけ確かなのは、およそ1万8000年前の時代にも天才画家は存在した、ということだ。

アルタミラ国立博物館内の洞窟レプリカ

現在、アルタミラ洞窟への訪問は1週間に5人までと制限されている。2002年の予約者の順番が約20年遅れで今、回ってきている。現時点では、新しい申し込みは受けつけていない。

その代わり、洞窟に隣接した博物館内の完全再現レプリカで、旧石器時代の天才画家が描いた壁画の迫力を体感できる。

■ Museo Nacional y Centro de Investigación de Altamira/アルタミラ国立博物館研究センター
住所: MarcelinoSanz de Sautuola、S / N 39330 Santillana del Mar
電話:+34942818005
ウェブサイト:https://www.culturaydeporte.gob.es/mnaltamira/home.html

■その他、アルタミラ洞窟のレプリカがある場所
・国立考古学博物館(スペイン・マドリード): http://www.man.es/man/home.html
・ハビエル城博物館(三重県志摩市「志摩スペイン村」内): https://www.parque-net.com/attraction/havier.html

文・写真/早川きえ(スペイン在住ライター)
北スペイン・カンタブリア州在住のライター兼美容師。日本のメディアでインタビュー記事やスペインを題材にしたコラムを執筆。海外書き人クラブ所属(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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