文・写真/角谷剛(米国在住ライター / 海外書き人クラブ )

西暦1864年の夏、ジョージア州アトランタは南北戦争による激しい戦闘の場となっていた。遠く離れた日本でも江戸幕末の争乱のさなかにあり、蛤御門の変で京都が大火に包まれた元治元年と同年のことである。

アトランタでの戦いに敗れた南軍はこの地から退却するにあたって火を放ち、アトランタ市内は灰燼に帰した。名画『風と共に去りぬ』でスカーレット・オハラがレッド・バトラーの助けをかりて馬車でアトランタを脱出したシーンはこのときの火事を舞台としている。

戦災から復興したアトランタは現在ではジョージア州のみならず米国でも屈指の大都会に発展した。そのアトランタでもっとも地元市民からの人気が高い公園の1つ、ストーン・マウンテン・パークには周囲から屹立した巨大な花崗岩の壁面に彫られた世界最大のレリーフがある。

世界最大のレリーフに彫られた敗軍の将たち

世界最大のレリーフは地上からおよそ120mの高さにある

高さ27m、幅58mという巨大なレリーフに彫られているのは、南北戦争時の南軍将軍であったジェファーソン・デイヴィス、ロバート・E・リー、ストーンウォール・ジャクソンら3人の乗馬姿である。

3人の中でもっとも有名な人物はリー将軍だろう。リーは戦力と物量では圧倒的に劣った南軍を見事に統率して北軍を大いに悩ませた優れた戦術家であったし、将兵にも優しい人格者としても知られていた。戦争終了後に恩赦されると、教育者となり、ワシントン大学(当時)の学長を務めた。リーの死後、同大学はワシントン・アンド・リー大学と名称を変更している。米国歴史上でもっとも人気のある人物の1人と言ってよいだろう。なにしろ米国初代大統領のジョージ・ワシントンと並び称されているのだ。

その一方で、南北戦争の勝者となった北軍司令官のグラントは後に合衆国大統領にもなったが、汚職とスキャンダルで史上最悪の大統領と評価されることが多い。今でも米国の歴史教科書ではリーを善玉、グラントを悪玉のように扱っている印象を強く受ける。

我が国にもそのような例はある。南北朝時代の武将である楠木正成は湊川の戦いで敗れたが、室町幕府を開いた足利尊氏よりはるかに後世の評判は高い。西南戦争で敗者となった西郷隆盛と勝者の大久保利通を始めとする明治政府の高官らとの人気を比較すれば、明らかに西郷の方が上だろう。西郷が近代化を進める明治政府に反旗を翻して封建制の復活を目指したように、リーが属した南軍は黒人奴隷制の存続を主張していた。2人とも現在の目から見れば前時代的な思想の持主であったかもしれないが、当時も今も高潔な人格のイメージを纏っていることでも共通している。

現代米国社会の分断は歴史的遺産をも失わせるか

築100年以上前の水車。公園内には他にも歴史的展示物が多い

昨年、リーら3人が彫られたレリーフを公園から撤去するべきではないかという議論が巻き起こった。人種差別に反対する「Black Lives Matter」運動が全米中で高まる中、奴隷制度を正当化あるいは美化する歴史上の遺産は公共の場に相応しくない、ということが撤去を主張する人たちが掲げた理由であった。

ここ数年来、同じ理由で南軍旗の掲揚を公共の場で禁止する動きが米国各地で多く見られている。リーら南軍将軍たちの銅像が撤去される事例も各地で増えている。

ストーン・マウンテン・パーク内では今も南軍旗が掲揚されている。レリーフを撤去する予定も今のところはない。南軍の歴史的遺産はジョージア州法によって保護されており、それらを排除するには州法の改正が必要だというのが公園当局の見解である。

ストーン・マウンテンの頂上、つまりレリーフの上にマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの記念館を建設することを要求したグループもあった。「I Have a Dream」(私には夢がある)の演説で有名なキング師はアトランタ出身であり、その演説の中でこのストーン・マウンテンの名も挙げているのだ。

“Let freedom ring from Stone Mountain of Georgia”
「自由の鐘をジョージアのストーン・マウンテンから鳴り響かせよう」(筆者訳)

もっともこのアイデアは南軍支持派からもキング師の家族からも拒絶された。

ストーン・マウンテン山頂からの眺め

そのような政治社会的な議論をよそに、ストーン・マウンテン・パークは1年を通して大勢の家族連れで賑わう。3,200エーカーの広い園内にはストーン・マウンテンを囲んで湖が点在し、キャンプ場やピクニックエリアも数多い。ストーン・マウンテンの周囲を巡る鉄道と山頂へのロープウェイも人気の乗り物だ。キング師が夢見た「かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷所有者の子孫たちが同じテーブルにつく」光景を見ることもできる。歴史的遺産を巡る議論が米国社会のさらなる分断へと向かわないことを願ってやまない。

湖から眺めたストーン・マウンテンの遠景

「ストーン・マウンテン・パーク」(Stone Mountain Park)
住所:P.O Box 778 Stone Mountain Park, GA 30086
電話:+1-800-401-2407
公式ホームページ: https://www.stonemountainpark.com/

文・写真/角谷剛
日本生まれ米国在住ライター。米国で高校、日本で大学を卒業し、日米両国でIT系会社員生活を25年過ごしたのちに、趣味のスポーツがこうじてコーチ業に転身。日本のメディア多数で執筆。海外書き人クラブ会員(https://www.kaigaikakibito.com/)。

 

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