チック・コリアの足跡を振り返る5回目です。第74回で「ジャケットの『コスプレ』も音楽表現の一部」として、ソニー・ロリンズらモダン・ジャズ時代のジャケットを紹介しましたが、その後のコスプレ・ジャズマンの代表は、なんといってもチック・コリアでしょう。

1976年発表の『妖精』から80年発表の『タップ・ステップ』までの間、78年のカルテット作品『フレンズ』を除いて自己名義5作(なんと多作な!)のジャケットが本人によるコスプレです。まず2枚ご覧ください。


『妖精』(ポリドール)
演奏:チック・コリア(キーボード)、ジョー・ファレル(フルート、ソプラノ・サックス)、アンソニー・ジャクソン(ベース)、エディ・ゴメス(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラムス)、ゲイル・モラン(ヴォーカル)ほか
録音:1975 年

『マイ・スパニッシュ・ハート』(ポリドール)
演奏:チック・コリア(ピアノ、キーボード)、ジャン・リュック・ポンティ(ヴァイオリン)、スタンリー・クラーク(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラムス)、ドン・アライアス(パーカッション)、ゲイル・モラン(ヴォーカル)ほか
録音:1976 年10 月

タイトルそのまま、あまりにも直球すぎて説明の必要はありませんね。「ストーリー性をもったアルバム」というコンセプトを示すには、このようなジャケット・デザインは当然の成りゆきとしても、はたして本人がやる必要はあったのか? 表現者としては、当然あったのでしょう。一目見て、そうとうな本気度が伝わってきますからね。

たびたび耳にする感想なのですが、もし、これらのコスプレを「やりすぎ」「なにこれ?」と思ったのが理由で、これらのアルバムを聴いていなかったとしたら、それはとても残念なこと。フュージョン・ファンならなおさらです。たしかにジャケットは「やりすぎ」かもしれませんが、素晴らしい演奏がぎっしり詰まっているのですから。そもそも、ジャケットにこれだけ気合いを入れるのですから、音楽への力の入り方はそれ以上と見るべきでしょう。

『妖精』収録の、「夜の精(ナイト・スプライト)」でのチック、ファレル、ジャクソン、ガッドによる唖然とする「キメ」の連続はフュージョン史に残る名演。ジャケットからは想像もできないハードな演奏です。『マイ・スパニッシュ・ハート』は、のちにますます傾倒していくスペイン音楽への愛情を直接表現したメッセージといえるもの。ジャケットはこのコスプレでなければならなかったのでしょう。ブラスや弦楽もフィーチャーしたLP2枚組大作。愛奏曲「アルマンドのルンバ」の初演が収録されています。

さらに3枚どうぞ。


『マッド・ハッター』(ポリドール)
演奏:チック・コリア(ピアノ、)、ジョー・ファレル(テナー・サックス)、エディ・ゴメス(ベース)、スティーヴ・ガッド(ドラムス)ほか
録音:1977 年11 月

『シークレット・エージェント』(ポリドール)
演奏:チック・コリア(キーボード)、アル・ヴィズッティ(トランペット)、バニー・ブルネル(ベース)、トム・ブレックライン(ドラムス)、アイアート・モレイラ(パーカッション)ほか
録音:1978 年

『タップ・ステップ』(ワーナーブラザーズ→ストレッチ)
演奏:チック・コリア(キーボード)、アル・ヴィズッティ(トランペット)、ジョー・ファレル(テナー・サックス)、バニー・ブルネル(ベース)、トム・ブレックライン(ドラムス)ほか
録音:1979 年12 月-1980 年1 月

『マッド・ハッター』は、ルイス・キャロルの小説『不思議の国のアリス』をテーマにしたアルバム。アリスはもちろん、トゥイードル・ディー、トゥイードル・ダム、ハンプティ・ダンプティなど『アリス』に登場するキャラクター名の曲名が並びますが、聴くまでは(ずんぐりむっくりな)「ハンプティ・ダンプティ」が、『フレンズ』のカルテットによる、疾走感溢れるストレートな4ビート・ジャズだなんて想像もつきませんよね。まあ、この曲はチックの再演もあってスタンダード化していますが、ここでの初演が最高です。

そしてもっと驚くのは「ザ・マッド・ハッター・ラプソディ」。なんとハービー・ハンコックとの共演です。チックがモーグ・シンセをブイブイいわせているバックで、ハンコックはフェンダー・ローズで煽りまくり。チックはソロのあとはアコースティック・ピアノにシフトし、ハンコックはそのままローズでソロをとるのですが、チックのアルバムにもかかわらず、まったく遠慮なしの激しいロング・ソロを展開。その原動力のひとつが、スティーヴ・ガッドのドラムスという、「豪華顔合わせ」には終わらない、素晴らしい演奏がくり広げられているのです。ジャケットにハンコックやガッドの名前が記載されていれば、ずいぶん第一印象も変わったでしょうが、チックは「マッド・ハッター」となってお茶会をするほうが重要だと判断したのです。ああ、そうか、このセッションは「マッド・ティー・パーティ」なのかと、書いていて今さら気がつきました。だとすれば、チックの意をくめなかったのが恥ずかしい。ちなみに、チックが所有するスタジオの名前は「マッド・ハッター・スタジオ」。アリスには特別な思い入れがありそうです。

『シークレット・エージェント』も『タップ・ステップ』も、テーマの深読みができるのかもしれませんが、いずれもジャズとしてたいへん意欲的な作品であり、とくに多種多様なシンセサイザーを駆使したサウンドは、新しく(新発明楽器なので当然ですが、それを超えて)画期的なものでした。

「コスプレ・ジャケットにハズレなし」という格言は今のところありませんが、チック・コリアに関しては「あり」でしょう。正しくいえば、「チックのコンセプト・アルバムに」ですけど。本人コスプレはこの5枚のほかにはありませんが、リターン・トゥ・フォーエヴァーの1976年作品『浪漫の騎士』、2013年の『ザ・ヴィジル』がコスプレをやっていてもおかしくない内容ですね。ちなみに、チック・コリアの最後のバンドとなったのが「スパニッシュ・ハート・バンド」。アルバム『ザ・スパニッシュ・ハート・バンド(原題:Antidote)』では、もう一度コスプレが見たかったな。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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