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【娘のきもち】「もうあんな父親の姿は二度と見たくない」母と同じ病を、隠し続けると決めた~その2~

取材・文/ふじのあやこ

家族との関係を娘目線で振り返る本連載。幼少期、思春期を経て、親に感じていた気持ちを探ります。~その1~はコチラ

今回お話を伺ったのは、派遣スタッフとして都内にある企業で事務の仕事をしているあかねさん(仮名・39歳)。栃木県出身で、両親と5歳上の兄に2歳上の姉がいる5人家族。小学生の時に大好きだった母が乳がんで他界。それまでは家族のことをお構いなしだった父親は人が変わったように家族のために仕事に励んでいたそうですが……。

「明るく振る舞いながら痩せていく姿は痛々しいというか、兄妹の中で軽く話題に出せないほどでした。兄は大学を卒業後に実家から通える企業に就職し、姉は看護学校に進学して看護婦になり地元に残りました。家族のことを考えて進路を選んだ立派な兄や姉を見ていると、私もちゃんとしなくちゃと強く思うようになりました」

母が元気だった頃のように自由で自分勝手な行動をするようになった父。あの時と違い、その姿は嬉しく映った

あかねさんも実家から通える短大へ進学して、就職活動では地元の企業を探していたそう。誰から言われたわけでもなく、そうしなければいけないという思いがあったと言います。しかし、当時のあかねさんには東京の大学へ進学した高校時代の同級生の彼氏がいたこともあり、東京で就職したい気持ちもありました。

「当時は地元に残るのが正しい道なのに、東京に行くかで迷っている自分がすごく薄情な人間に思い、家族の誰にも打ち明けることができませんでした。ただ軽蔑されたくなかったんです。進路の答えが全然でなくて、そんな時にいつも相談に乗ってくれた母親ももういない。当時は誰かに会うのがしんどくなってしまって、学校以外の時間はずっと部屋に引きこもっていた時期もあります。何が一番辛かったと考えると何も思い出せないのに、漠然とした不安がずっと心にありましたね」

そんな迷いを払拭してくれたのは父の以前のような姿と兄の助言だったと言います。

「父がいきなり今までやめていたお酒を再開して、将棋など、前のように自分の趣味に時間を使うようになったんです。昔はあんなに嫌だった父の姿なのに、その時に見るとなんか安心して不思議と少し嬉しかった。父親はもう大丈夫だって心の底から思うことができたから。

同じような時期に兄から『家のことをお前が心配する必要はない。好きなことをやりなさい』という言葉をもらいました。兄はその時には結婚が決まっていて、父親と同居するために相手を説得していた大変な時期だったはずなのに。その同居も結局は父親が嫌がって、父親は一人暮らしに。私は就職が決まり東京へ、兄は実家から車で10分ほどの距離に新居を構え、姉は就職を機に寮に入っていました。家族が初めてバラバラになった時でしたね」

私を襲った母と同じ病気。告知を受けながら、父親には絶対に伝えないと決めた

東京での生活では、上京後すぐに彼氏と別れてしまうなど紆余曲折あったものの充実しており、30歳を過ぎてもあかねさんは地元に戻ることは考えなかったと言います。しかしそんな中、あかねさんは母親と同じ病気に襲われます。

「胸にしこりを見つけた時は、心臓が痛いくらいドキドキしました。まだ良性の可能性もあるのに、いつも検査をしていた病院にすぐに駆け込みましたね。超音波で怪しいと言うことになり、検査することになりました。検査されている時より、結果がわかるまでが本当に不安でした……。結果は悪性。告知は1人で聞きに行きました。まだ初期ということで手術ができたんですが、術後に放射線治療を受けることになり、服薬の治療も複数年続けることになりました。

最初は家族の誰にも言わないつもりでした。でも、入院をして手術を受けないといけなくて、身の回りの世話をしてくれる人がどうしても必要で、姉に頼ってしまい。そしたら、兄にもすぐに話が回ってしまったんです……。2人には、どうしても父親に伝えないでほしいとお願いしました」

病気が発覚した時には短期派遣中だったこともあり、仕事を辞めることになります。「職場の人に伝えて父親に伝えないのはおかしい」と、兄妹は父親に言うように説得してきたそうですが、あかねさんは折れず。そこには強い思いがあったそうです。

「父親にあの時と同じような心配はどうしてもかけたくなかった。病気に罹った時には父親はもう60代で、母親の時のように気が滅入ってしまったらもう立ち直れないと思ったからです。まったく同じ病気なので、絶対に母親と重ねてしまうでしょうし。

手術や術後の放射線治療の通院などで体重は10キロ近く落ちたし、メンタルも不安定になりました。兄や姉はそんな弱っている妹に強く言えないようで、2人ともずっと約束を守ってくれています」

再発はないものの、あかねさんは今も定期的に検査を受けているそう。そして、父親へはいまだに病気のことを伝えていないと言います。「もうすぐ10年が経ちますが、まだ根本には再発の怖さはあります。でも、ここまで内緒にしたんですから、父親よりも1か月でもいいから絶対に長生きしてやります。それが一番の親孝行だと思っていますから」とあかねさんは語ります。

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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