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【娘のきもち】小学生の時に病気で亡くなった母、その悲しみを隠すように異様に明るくなった父。その姿が痛々しかった~その1~

取材・文/ふじのあやこ

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

「父親には自分の病気をどうしても言えなかった。兄妹には責められたけど、どうしてもあんな父親を二度と見たくない」と語るのは、あかねさん(仮名・39歳)。彼女は現在、派遣スタッフとして都内にある企業で事務の仕事をしています。腰まであるストレートの黒髪はツヤツヤしていて、切れ長の瞳は一見きつそうに見えますが常に笑顔を絶やさない話し方は好感が持てます。服装はギャザーの入ったダークグリーンのプリーツワンピースを着ており、所作なども含め品の良さを感じる女性です。

小さい頃の父のイメージは“お酒”。家族の面倒を見てくれたのはずっと母親だった

あかねさんは栃木県出身で、両親と5歳上の兄に2歳上の姉がいる5人家族。小さい頃は奔放な父親の振る舞いに母親、兄妹はよく迷惑をかけられていたと言います。

「父親は母親よりも6歳年上で、とにかく自由人だったんです。仕事は観光業をしていて、仕事が忙しくて遊んでもらえないのは仕方ないとしても、少ない休みの日に家族で出かけようとしても朝からすでにアルコールを飲んでいることばかりでした。父はお酒が大好きだったんです。激しく酔っ払ったり、絡んできたりはないんですが、とにかく臭かった。父親の体臭とお酒の匂いが混じった独特の匂いはずっと覚えています。私が今もお酒が嫌いな原因は昔の父親にあったと思いますね」

父親に代わって母親は頼りがいがあり、しっかりしていたところも大好きだったとか。成績や友達関係の相談などもすべて母親は聞いてくれていたそうです。

「母親は私が小さい頃からいろんな仕事をしていました。飲食店やお土産屋、旅館でも働いていましたね。私たちが学校に行っている間は外で働いて、家に帰ってきてからは私たちと、何もせずにお酒を飲んでニコニコしている父親の世話をしていて、毎日忙しそうでした。でも、不思議と母親から父の愚痴を聞いたことは一度もなかった。そこも今思えばすごいことだなって思います。

どんなに忙しくても私たちの学校のこともすべてやってくれていました。小学生の頃には連絡帳に先生と親がやりとりする欄があったんですが、1日も休まずに毎日そこにコメントもくれていました。私は小学生の時に友人関係がうまくいかなくて、クラスで一人ぼっちになったことがあったんです。毎日学校に行くのがしんどかった時、毎日私の話をきいてくれたり、気にしてくれたりしていました。母親のことが大好きでしたね」

突然いなくなった母親。人が変わったように明るく振る舞うようになった父親

母親の体に異変があったのはあかねさんが小学生高学年のとき。母親の病名は乳がん。すでに転移しており、手術ができる状態じゃなかったと当時を辛そうに振り返ります。

「私と姉は両親の意向もあって、詳細はちゃんと教えてもらえていませんでした。ただ少し体調が悪いから入院すると聞いただけで、ちゃんと知らされたのは入院してしばらく経ってからで、母方の祖母が話してくれました。

私と姉は毎日病院に通って、いつも兄が迎えに来てくれて3人で家に帰っていました。父親は週末にこそ一緒に病院に行くんですが、平日に父親の姿を見ることはなかった。でも、後から聞いた話なんですが、私たちが帰ってからずっと母親の側に寄り添っていたようです」

闘病の甲斐もなく、あかねさんが中学を迎える前に母親は亡くなってしまいます。喪主としてしっかり母親を送ってあげた父親が見せた最後の涙が今でも焼き付いて残っているそうです。

「火葬を終えて、母親の遺骨とともに家族で帰宅した途端、父親が号泣したんです。その時には泣きつかれてぐったりしていた私と姉もそれを見てまた泣いてしまって。兄だけが気丈に振る舞っていました。

そこから父親は変な言い方かもしれませんが、明るくなりました。毎日学校の様子を聞いてきたり、成績を気にしてきたりと私たちの世話を焼くようにもなりましたね。今までは自分の趣味に生きてきたような人だったのに、まるで別人です……。

家族が4人になってしまったことで兄は大学で一人暮らしを予定していたんですが、実家から通うことを決めてくれて。私たちのためだと思っていたけど、どうやら兄は父親のためだったようです。それから明るくなった父親ですが、うまくご飯が食べられなくなってしまって当時はすごく痩せてしまいましたから」

兄と姉は地元に残り、あかねさんは兄妹の後押しもあり、就職を機に上京。東京での生活を続けていく中、あかねさんの体を母親と同じ病魔が襲います……。

~その2~に続きます。】

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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