あの顔でいいの?
結婚を前に、母が発した言葉は今も娘たちを苦笑させる。
中川みどりさん(仮名・60)は小学校の同窓会で再会した男性と結婚を決めたのだが、その男性を母に紹介したあと、母からこう言われたという。
「あの顔でいいの?」と。
「確かに夫はハンサムではありませんでしたが、性格は穏やかだし、母とも話が弾んでいたので、気に入ってくれたのかなと思っていました。ところが、彼が帰ったあとでそんなことを言うものだから驚きました。母は面食いだったんでしょう。父は結構美男だったと思いますが、母も娘の私も十人並み。一体何様? と思いましたね」
“その顔でもよかった”中川さんは、結婚して30年以上が過ぎた今も夫との関係は良好だという。
宮本弥生さん(仮名・59)も、付き合っている人を母に紹介したあと「もっと格好良い人を連れて来るかと思ったのに」と言われたと笑う。
「その前に付き合っていた人よりは見た目が良いと思ったんですけどね。母の理想が高いのか、自分の娘をどれだけ買いかぶっているんだとあきれました。そのあとに、友人が婚約者と家に遊びに来たときにも『あれくらい格好良い人だったらよかったのに』って言われて軽く傷つきました」
だから、宮本さんは娘が結婚したいと連れてきた男性の容姿については何も言わなかった。不満がないわけではなかったが、「何か言ったら一生恨まれると思いましたから」と笑う。
そういえば、「『お父さん、ありがとうな』若年性認知症になった妻 その後」(https://serai.jp/living/1175805)で紹介した北村昇さん(仮名・66)は、娘から「お父さんがお母さんのことを思うほど、お母さんはそんなにお父さんのことを好きじゃなかったんじゃない?」と言われたという。娘は、施設に入った妻を思ってなかなか前に進めないでいる父を慰めようとしたのか、父の心を軽くしようとしたのか、その真意はわからない。北村さんも、「それほど深い意味はなかったんだと思いますよ」と深刻にはとらえていないが、もしかすると北村さんのお嬢さんにも忘れられない母のひとことがあったのかもしれない。母がポロリともらした本音だったとしたら……。いや、それは知らない方がいい。
取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。