取材・文/坂口鈴香

写真はイメージです

「若年性認知症になった妻」(https://serai.jp/living/1057592)で紹介した北村昇さん(仮名・66)は、若年性認知症を患う妻の美佐子さん(仮名・65)を介護している。

「過去を振り返ったり、仮定の未来を想像したりしてもつらいだけなので、今の現実だけを見るようにしている。『どれだけ妻のことを愛することができるか』がすべて」と、吹っ切れたような、前向きな言葉が印象的だった。50代で若年性認知症となった妻のことを受け入れるまで、長い葛藤を経た末にたどり着いた境地だった。

妻が歩けなくなった

それから2年。北村さんは、再びトンネルの中にいた。

当時は、毎朝愛犬とともに二人で散歩するのが日課だったが、その後妻は病状が進み、体も思うように動かなくなった。胃ろうを造設し、現在は特別養護老人ホーム(特養)に入所しているという。

「2年前にお話をしてから、今のような状況になるまであまりに早く、今でも現実のことなのか疑ってしまいます……」

いまだに、美佐子さんが家にいない現実を受け入れられないという。

「前にお話したときは、妻の認知症はデイサービスを利用してかなり落ち着いてきていました。それが翌年には、歩行が気がかりな状況になってきました」

北村さんの住む地域は、秋から冬にかけて路面凍結や積雪があるため、どうしても朝晩の散歩ができにくくなる。夏場のような散歩は月に1回あるかないかだという。

ある天気の良い日。美佐子さんの手を取って歩くと、美佐子さんは200メートルほどで歩けなくなり、その場に立ちすくんでしまった。北村さんは友人に電話して、迎えに来てもらったという。この頃コロナワクチンも打っていて、北村さんと母の末子さん(仮名・89)は倦怠感に襲われたので、美佐子さんも同様だったのではないかと推測している。

「これをきっかけに、今までできていたトイレでの排泄ができなくなり、便秘するようになりました。すると、出された便秘薬の副作用でまっすぐ歩けず左右に傾いたり、座っていても傾いたりするようになったんです。薬をやめると副作用は治まったものの、よちよち歩きがひどくなりました」

かかりつけ医から大きな病院を紹介してもらい診察を受けたところ、水頭症の疑いがあると言われた。手術を検討しているところへ、今度は母の末子さんに異変が起きた。

高齢の母親に異変が

朝、台所から「ドン!」という大きな音がした。北村さんは、美佐子さんが椅子から落ちたと思い、慌てて行ってみると末子さんが倒れていた。

「抱え起こそうとしたら気が付いて、『どないしたんやろう。何があったん』と言いました。休日でしたが、すぐに当番医に連れて行きました。ところが特段異常は見つかりません。医者は一過性の脳梗塞ではないかと言うので、様子を見ることにしました」

ところが翌日、北村さんが美佐子さんの介助をしながら食事の用意をしていると、末子さんが北村さんの背中に持たれかかってきた。気を失っていたのだ。

「すぐに救急車を呼びましたが、コロナの影響でどの病院も受け入れてくれません。ようやく隣の市の病院が受け入れてくれたのですが、コロナの抗原検査をしてからでないと診察してもらえない。診てもらえるまでに、倒れてから3時間くらい経過していたのではないかと思います」

MRIでも心電図でも特に異常は見つからないと、医師から説明を受けていたそのとき、末子さんは3回目の発作を起こした。

「心電図がピー!と音を鳴らし、0表示になったんです。先生は慌てて『これはいかん。心臓が止まった』と言って、心肺蘇生処置をしようとしたとき、母は息を吹き返しました。すぐに循環器専門の病院を探して、つないでもらうことができました」

北村さんは、母が3回目の発作を起こしたのが病院にいるときだったことは、本当に幸運だったと振り返る。

「先生は様子を見るようにと、帰すつもりだったそうです。もしいったん帰宅していたり、帰宅途中の車の中で発作が起きたりしたらもう間に合わなかったと言われました。病院で計器を付けた状況で発作が起きたので、データが取れて、紹介された病院ですぐにペースメーカーを付けてもらえました」

偶然が重なったことに感謝する北村さんだ。

「あらゆるものの力をもらい、助けてもらって長寿が実現していると痛感しました」

若年性認知症になった妻 その後【2】につづく。

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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