取材・文/坂口鈴香

「仲本工事さんの事故は他人事ではない! 命にかかわる高齢者の交通事故」(https://serai.jp/living/1137066)で紹介した西山恵美子さん(仮名・55)の父親(83)は、交通事故に遭って重傷を負い、入院した病室でせん妄を起こした。「家に帰る」と言って、点滴やチューブを抜いて病室を抜け出した。タクシーに乗ろうとしているところを発見された。

父親はこれまで認知症の兆候はまったくなかったため、西山さんは「せん妄」だと確信したが、看護師からは認知症だと決めつけられ、「次に同じようなことがあったら拘束します」と言い渡されたという。

この話を聞いたあるケアマネジャーは、「話を聞く限り、明らかにせん妄を起こしているのに、この看護師は勉強不足だと思います」と言う。その一方で、「もしかすると、病院側は最初から拘束したかったのかもしれません。だから、認知症だと断言したとも考えられますね」と、医師から指示された可能性も捨てきれないとも推測する。

病院側の本音がどうだったのかはさておき、一定の状況において高齢者の言動からだけでは、せん妄なのか、認知症によるものなのか、判断するのが難しいのもまた事実だ。

せん妄と認知症は区別しにくい

「健康寿命ネット」では、“高齢者のせん妄は認知症と間違われやすく、鑑別をする必要があります。せん妄は意識レベルの変化を伴い、一過性の症状ですが、認知症は意識障害がなく、慢性的な経過をたどります”と解説している。

有料老人ホームに勤務する看護師、吉田京子さんはこう指摘する。

「普通の人が手術後におかしなことを言うのは、せん妄だとわかりやすいですが、高齢者だとせん妄なのか認知症なのかはわかりにくいです。『そこに子どもが来ている』などと言って、タンスの中を探し始めたという方がいましたが、こうなるとせん妄なのか幻視が出るタイプの認知症なのか、区別がつかないのが正直なところです。また高齢者が入院してせん妄が出て、そのまま体力が落ちて認知症がひどくなったりすると、より区別がつきにくくなります。勤務している老人ホームでこんな事例がありました。入居するまで一人暮らしができて元気だった方が、風邪をこじらせて入院してから認知症になったんです。ホームに戻ってからはまともな話もできるけれど、急に真面目な顔でズボンを脱ぎ出したりする。入院前しか知らない家族が見ると驚かれると思います」

坂本龍一さんもせん妄に苦しんだ

そもそも「せん妄」とは何なのだろうか。

「せん妄」は、時間や場所が急にわからなくなる見当識障害から始まることが多く、注意や理解、記憶などの機能が急激に低下してさまざまな症状を引き起こす。原因には、疾患や加齢、薬、入院・手術などがある。

3月に亡くなった坂本龍一さんも、20時間にも及ぶガンの手術後、いくつかのせん妄が1週間くらい断続的に起こったと、『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』(新潮社)で明かしている。

一番すごかったのは手術の翌日で、目を開けたときに自分ではなぜか韓国の病院にいると思い込んでいるんです。(中略)きっと近年、韓国ドラマをよく見ていたことが影響していると思います。

また別のせん妄では、手術直後にもかかわらず、アシスタントに「会議に遅れちゃいそう」と、メッセージを送っていました。

財津一郎の歌う「♪みんな まあるく タケモトピアノ~」のCMソングが、あの振り付けとあわせて延々とせん妄の中でリピートされたときは、逃げ場のない鬱陶しさで、さすがに発狂するかと思いました。

せん妄は初めての体験で恐ろしかったけど、ひょっとして自分も頑張れば連ドラの脚本を書けるんじゃないかと錯覚してしまうような、脳の構造の面白さに気づく契機ともなりました。(中略)脳は日頃見聞きしているものを、これほど膨大に蓄積しているのかと驚くばかりです。

せん妄の体験が具体的かつリアルに描写されている。ユーモラスな表現ではあるが、せん妄を起こしている当人にとっては非常に怖く、つらいのがよくわかる。

後編に続きます】

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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