取材・文/坂口鈴香

写真はイメージです。

前回は、親からの「ありがとう」について考えた。(「親から「ありがとう」と言われたことはありますか」(https://serai.jp/living/1180975))

親の「ありがとう」は、子どもにもさまざまな思いを呼び起こすようでなんとも切なくなるのだが、今回は逆の意味で忘れられない親の言葉――「ええ? そんなことを考えていたの?」と驚いた言葉を紹介したい。

親はなにげなく発したのだろうが、それだけに親の性格が垣間見えるようで、親がいなくなった後も思い出しては笑ってしまう……そんな言葉の数々だ。

未亡人になりたかった!

「お母さんは未亡人になりたかった!」というのは、東京から九州に通いながら介護する中澤真理さん(仮名・58)の母だ。友人を交えて3人で食事をしているとき、ふと母が感に堪えないようにもらしたこの言葉が衝撃だったと明かす。

両親は当時96歳と90歳で“奇跡の二人暮らし”を続けていた。一人娘の中澤さんが大学入学と同時に家を出て以来、ずっと二人で暮らしてきたのだが、二人は決して仲が良かったわけではないという。典型的な九州男児で、歳とともに頑固さを増す父は、母が何でもやってくれるのが当然と考えていた。母は、高齢の身を削るようにして父の世話をしてきた。

以前から中澤さんは、父が亡くなったら母を東京に呼んで、二人で暮らそうと思っていたという。新しいモノ好きで、好奇心旺盛な母なら都会にもすぐに馴染むだろう。しかし、そんな目算をよそに、二人はともに90代になった。

母は中澤さんの友人に、こんなことを打ち明けたというのだ。

「私は85歳まではなんとしても健康寿命を延ばそうと思っていたの。そうすれば、私よりも6歳上のお父さんは90を超えていて、さすがにこの世にはいないでしょ。だから85になったら娘のところに行こうと思っていたのよ。それが、まさかこの齢まで二人暮らしをすることになろうとはねえ」

そして、くだんのセリフ「お母さんは、未亡人になりたかった!」と続いたというわけだ。中澤さんと友人は爆笑してしまったというが、母にとっては心からの叫びだった。笑いごとではなかったのだ。

人生百年時代。100歳になろうとしている両親が健在というのは、子どもにとっても、配偶者にとっても、幸せとばかりは言い切れない。厳しくて悲しい現実だ。

さすがにそんなことは思ったことがない

島田香奈子さん(仮名・50)の両親も、仲が良かったとはいえない。

「生前、父には家族全員が振り回され、ほとほと困っていました。近所の奥さんと浮気したり、自営業で車がないと仕事ができないのに、何度も事故を起こしたり。事故があまりに多いので、保険の割増料金が年間数十万にもなっていたくらいです。そのくせケチで、私が家の仕事の手伝いをしても給料もくれない。手伝うたびに私が持ち出すお金が増えていくというありさまでした」

そういう島田さん自身、夫の言動に振り回されている。夫には難病による高次脳機能障害があるので、夫にすべての責任を負わせるのは酷だろうとは思うものの、病識のない夫が突然激昂したり、殴りかかってきたりすると、身の危険を感じるし、心身ともに消耗してしまう。ストレスの多い日々だ。子どもたちからは「我慢しなくていいよ。離婚したら」と言われるが、病気になったから見捨てるようでそれもできないでいる。

だから実家に戻るとつい愚痴が出てしまう。母に、「いっそ、夫が死んでくれたらラクなのに」とこぼしてしまった。

すると、母から「うちのお父さんも相当だったけど、さすがにそんなことは思ったことがないわよ」と諭されたのだという。

「そうなんだ、母は立派だなと思いました。愚痴とはいえ、夫の死を願ってしまった自分に罪悪感を抱いていたのですが……」

後日、姉に「お母さんにこんなことを言われちゃった」と言うと、姉は「え? お母さん、お父さんが亡くなる直前は香奈子と同じこと言ってたよ」と言ったのだ。

二人して笑ってしまった。そして、「なぁんだ」と気持ちがラクになった。母は自分が言ったことを忘れてしまったのか、思い出を美化したのか。忘れられない親の言葉、というか忘れられない姉の言葉になった。

後編に続きます】

取材・文/坂口鈴香
終の棲家や高齢の親と家族の関係などに関する記事を中心に執筆する“終活ライター”。訪問した施設は100か所以上。20年ほど前に親を呼び寄せ、母を見送った経験から、人生の終末期や家族の思いなどについて探求している。

 

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