取材・文/編集部

いくら旨いと評判のパンでも、時間とともに劣化していく。放っておけば風味は落ちるし、高温多湿な時期ならカビも生える。かといって冷蔵庫に入れればすぐに乾燥して固くなる。パンの保存は、なかなかどうして難しい問題だ。

そこでパン愛好家に薦めたいのが、桐製のパン保存ケース。桐という材にすぐれた調湿効果や防虫・防カビ効果があることは、古来箪笥や米びつに桐が使われてきたことからもあきらかだ。そんな桐の箱に収めておけば、パンは良い状態で美味しく保存できる。

ここに、伝統的な鈴のモチーフが光る桐のパンケースがある。東京・浅草にある老舗の桐工芸メーカー「箱長」が手がけたものだ。

 

明治7年(1874)の創業以来、ひたすら桐箱と桐細工づくりを手がけてきた同社の歴史は、まさに桐ひとすじ。現社長の宮田健司さんは「曾祖父の宮田長次郎という人が桐箱を作り始めてから、ちょうど私で4代目になります。初代が”箱屋の長次郎”だったんで、そのまま屋号も”箱長”になりました」と語る。社員数12人の小さな会社だが、社長含め全員が桐細工職人という、高い技能をもった工藝集団だ。

宮田健司さん

そんな箱長の桐箱を特徴づけるのが、伝統の「木目込み」技法により施された美しい縁起物の意匠である。「他所と同じようなモノを作っていたんじゃ面白くないから、なにかウチならではの特徴をということで、100年前くらいに木目込みの図柄を付け始めたと聞いています」(宮田さん)

浅草にある箱長のお店の店頭にも大きな鈴が。鈴は箱長のシンボルマークといっても過言ではない。

そもそも木目込みとは、木地に切った溝に高級な着物の端切れを差し込んで纏わせていくという装飾技法だ。江戸伝来の木目込み人形にも使われている技術だが、これを平面の桐材に施すには工夫が要る。

「人形の場合は溝を切って生地を差し込んでいくだけですが、ウチでは生地を石州和紙で裏打ちして、面に対して全体的に糊づけしているんです。こんな方法とっているのはウチだけじゃないでしょうか」

実際、桐箱に精巧な木目込みを施せるのは、日本中でここ箱長だけだ。

彫刻刀で溝を彫り込む。

掘った溝に端切れを丁寧に埋め込んでいく。

箱長の倉庫にはこれまで集められてきた数々の端切れがストックされている。

もう一つ、箱長の桐細工の特色に「時代仕上げ」がある。これは桐材を焼いて古色を付ける表面加工で、他の桐細工の工房でもやっているところはあるが、箱長の時代仕上げは、とりわけ色味が濃い。そのおかげで、木目込みの装飾柄もいっそう際立つのだ。

時代仕上げで古色を帯びた桐材。

桐材の長所について宮田さんは「まずなにより軽いこと、そして調湿機能にすぐれ、大切なものの保存に適していること。そして万一の火事でも燃えにくいという利点もあります」と語る。逆に乾燥すると割れやすくなるので、日本のような四季のある気候にこそ合う天然素材なのだ。

宮田さんは、さらに桐について意外なことを教えてくれた。

「桐は漢字で”木と同じ”と書くでしょう、これはつまり”桐は木ではない”ということなんです」

実は桐というのはどちらかというと茎に近く、中心に管が通っている中空構造なのだそうだ。そのため桐からは幅の細い板材しかとれない。それを並べて接合し、一枚の大きな板に加工するのも、桐細工の重要な工程だ。

「板に割っただけの桐材は表面もザラザラしています。ウチではまず小口(縁の部分)の角度を調え、必要な面積にあわせて板材を並べ、そして貼り付けて一枚にするというところから作業を始めます」

そうして作った桐の板材を必要にあわせて切り、削り、組み合わせて、寸分の狂いなく箱を形作るのだ。そしてこの全工程を、ひとりの職人が担当する。

桐材の断面をカットして調える。

成形した材を組み合わせて箱を形成する。

さまざまな工作道具が並ぶ作業台。

「作業場が狭いんで、ひとりでやらないと、ぶつかって危ないんだよ」と宮田さんは笑うが、まさに桐箱はそのひとつひとつが、ひとりの職人の熟練の技の数々が結晶した作品といえるのだ。

今から3年ほど前に宮田さんが考案して作った桐のパンケースは、同じ浅草にある人気ベーカリー『ペリカン』が食パンの専用ケースとして採用し発売したことで一躍脚光を浴びた。

「ウチで作ったのを持ち込んで提案したところ、気に入ってもらえたので、お店の食パンのサイズに合わせた特別仕様のケースを作って納めました。浅草で生まれ育った自分にとって『ペリカン』のパンは子供の頃から馴染みのパンでしたので、こういう形で関われてうれしいです」

もうひとつのご自慢は、時代仕上げが渋い小さな箪笥。下段の引き出しを引き出すと、底には大切なものを隠しておける「からくり箱」が現れる。桐箪笥にはよく見られる作りが、この小さな箪笥にもきちんと再現されているところに、職人の心意気が滲み出ている。

下の引き出しを引き出すと……。

底に隠しスペースが現れる。

こちらの木目込みモチーフは「ひょうたん」であるが、使われている生地をよく見るといくつもの独楽が描かれているのがわかるだろう。「これがホントの、ひょうたんから独楽です」といって豪快に笑う宮田さん。職人の遊び心を感じずにいられない。

取材・文/編集部

今回取材した浅草・箱長の「桐のパンケース」と「桐のからくり小引き出し」は小学館の通販メディア「大人の逸品」で購入できます。リンク>> http://www.pal-shop.jp/

 

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