アール・ヌーヴォーと聞いて何を思い浮かべますか? エミール・ガレやドーム兄弟による妖しくも美しいガラスのランプ、アルフォンス・ミュシャによる花に囲まれた魅惑的な女性のポスターなどでしょうか。
じつは、こういったアール・ヌーヴォーの展覧会は、毎年必ずといってよいほどどこかで開かれているのですが、意外と注目されてこなかった分野があります。それが、アール・ヌーヴォーの陶磁器です。
現在、東京・日本橋の三井記念美術館で、アール・ヌーヴォーの陶磁器を総合的に紹介する展覧会が開かれています。これだけの規模のものは、意外なことに、本邦初だとか。
アール・ヌーヴォーとは、19世紀末から20世紀にかけて欧米を席巻した「新しい芸術」という意味の様式です。当時ブームであった日本美術の影響を受け、自然の形態から学び、ヨーロッパの伝統様式から離れた新しいデザインが生み出されました。
その特徴は、流線的な曲線を多用して動植物などを表すこと。ガラスやイラストレーションが有名ですが、実は陶磁器でも、ロイヤル・コペンハーゲン、マイセンなど、現代でも馴染みのあるヨーロッパの名窯がこぞってアール・ヌーヴォー様式の磁器を作っていました。
単純に旧来のものからデザインを変えたというだけではありません。アール・ヌーヴォー独特の造形を実現させるためには、陶磁器の製造技術の進歩が欠かせませんでした。各窯が有能な化学者をかこって研究を重ねた結果、たとえば、ロイヤル・コペンハーゲンでは、釉薬をかける前に絵付けする「釉下彩」(ゆうかさい)という技法を発展させました。
「釉下彩は上絵付とは異なり、高温で一度に焼成します。しかし当時、その高温に耐えられる色は、コバルトの青やピンク以外になく、反応の違う複数の色を一度に発色させるのはとても難しいことでした」と語るのは、三井記念美術館主任学芸員の小林祐子さん。当時としては、きわめて革新的な技法でした。
小林さんによると、ロイヤル・コペンハーゲンの「釉下彩金彩カタツムリ文花瓶」は、釉下彩の技法が確立する前の作品だそうです。「使える色数も少なく、色の境目が滲むことがあったため、上から金の縁取りを施すことによって目立たなくしています」。展示室に並ぶ、その後のロイヤル・コペンハーゲンの作品を見ると、金の縁取りはなくなり、色数も増え、模様も複雑化し、釉下彩の進化がわかります。
やがて日本にもアール・ヌーヴォーの流行は到達し、釉下彩による磁器が生み出されました。
宮川香山による「釉下彩杜若文花瓶」は、1899年頃の作品です。ヨーロッパと同時期に、釉下彩の技術を使いこなしていることに驚きます。
日本美術ブームが影響を与えることで登場したアール・ヌーヴォー様式。それを日本人が逆輸入して、工芸に取り込んだ。そんな東西交流にも思いを馳せられる展覧会です。
【アール・ヌーヴォーの装飾磁器 ヨーロッパの名窯 美麗革命!】
■会期/2016年7月6日(水)〜2016年8月31日(水)
■会場/三井記念美術館
※三井記念美術館の公式サイトはこちら
■住所/東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 三井本館7階
■電話番号/03・5777・8600(ハローダイヤル)
■料金/一般1300(1100)円 大高生800(700)円 中学生以下無料(70歳以上の方は1000円(要証明)。また、20名様以上の団体の方は( )内割引料金)
■開館時間/10時から17時まで(入館は16時30分まで)
※ナイトミュージアム:会期中毎週金曜日は19時まで開館(入館は18:30まで)
■休館日/月曜日、7月19日(火)(ただし、7月18日(月・祝)、8月15日(月)は開館)
■アクセス/東京メトロ銀座線三越前駅A7出口より徒歩1分
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』
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