今や海外からも注目される日本の “かわいい文化”の源流を辿ることができる展覧会が、茨城県近代美術館で開かれています。
大正時代、木版や石版だけではなく、三色版(カラー印刷)などの印刷技術が発達し、雑誌の表紙や挿絵、装幀や広告などの大衆的な複製物を舞台に商業デザインが花開きました。
まだ良妻賢母思想が尊ばれていた時代ながら、徐々に女性の社会進出の兆しも見え、少女雑誌や婦人雑誌などに女性のためのイメージが溢れます。
その筆頭の作家が竹久夢二です。夢二式と呼ばれるはかなげな美人画で知られますが、ここまで有名になったのは印刷物を通して多くの人にイメージが共有されたからに他なりません。
冒頭の夢二の「涼しき装ひ」は、百貨店三越のPR雑誌に掲載された挿絵です。本展監修者の山田俊幸さんは、
「この絵には、当時の女性にとっての憧れの生活が描かれていますが、この生活が現実になるには、そう時間はかかりませんでした。昭和に入ってからは、着物のなかを下から覗かれるのを心配して多くの女性が焼け死んだ『白木屋の火災』(昭和7年)の影響もあり、一気に洋装化が進んだのです」
と、説明します。
本展の多彩な出品作のなかには、洋画家、陶芸家として歴史に名を残した大家の作品もあります。現代では、日本画家が本を装幀することはあまり考えられませんが、この時代はデザインやイラストレーションという言葉が存在しなかった時代です。芸術もデザインも不可分の状況にありました。
教科書でもお馴染み「麗子像」を描いた岸田劉生も、本や雑誌のデザインを多く手がけ、自らの図案集も出版しています。掲載した『白樺』の表紙にも、愛娘の麗子が描かれます。劉生は武者小路実篤をはじめとする白樺派の同人と懇意にしていました。当時の交友関係がしのばれます。
また重要文化財の「黒扇」などを残した藤島武二も、洋画家として活躍する一方で積極的にグラフィックデザインの分野に関わりました。与謝野晶子の歌集の表紙は古典的な図案ですが、見返し部分には「夢二を思わせる図案が施されます。それもそのはずで、竹久夢二は藤島武二に憧れて“夢二”というペンネームをつけたのです」(山田さん)。
山田さんは「乙女デザインは女性のためだけのものではありません。人間の心の中には、男性、女性関係なく乙女心はあります」と言います。実際、大正時代から竹久夢二の熱狂的なファンには男性が少なからずいましたし、今回ご紹介した書籍等のコレクターにも男性が多くいます。
女性はもとより男性にも、大いに胸をときめかせていただきたい展覧会です。
【乙女デザイン―大正イマジュリィの世界】
■会期/2016年7月16日(土)~9月25日(日)
■会場/茨城県近代美術館
■住所/茨城県水戸市千波町東久保666-1
■電話番号/029・243・5111
■料金/一般980(850)円 高大生720(600)円 小中生360(240)円
※( )内は20名以上の団体割引料金。満70歳以上の方、障害者手帳等を持参の方、高校生以下(夏休み期間を除く土曜日のみ)は入館無料
■開館時間/9時30分~17時(入場は16時30分まで)
■休館日/毎週月曜日 ※ただし祝日の場合開館、翌日休館
■アクセス/JR水戸駅南口から徒歩約20分。JR水戸駅北口8番のりばから「払沢方面、または本郷方面」行きのバスに乗車し、「文化センター入口」バス停にて下車、徒歩約5分。
取材・文/藤田麻希
美術ライター。明治学院大学大学院芸術学専攻修了。『美術手帖』