文/池上信次

第13回ジャズ・スタンダード必聴名曲(8)「サマータイム」

『エイプリル・イン・パリ〜チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』

『エイプリル・イン・パリ〜チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』

ジョージ・ガーシュウィン(1898〜1937)は、のちにジャズ・スタンダードとなったたくさんの名曲を残していますが、今回はその中でもおそらくもっとも数多く演奏されている名曲「サマータイム」を紹介します。

「サマータイム(Summertime)」は、1935年に初演されたミュージカル『ポーギーとベス』のために書かれました。『ポーギーとベス』は、1920年代のアメリカ南部の港町を舞台にしたアフリカ系アメリカ人の生活を描いた物語で、作曲は全曲がガーシュウィンによるもの。ガーシュウィンはこのためにブラック・ミュージックを研究し、その結果は随所に表れています。このため楽曲はジャズ演奏と親和性が高く、このミュージカルからは「サマータイム」のほか、「アイ・ラヴ(ラヴズ)・ユー・ポーギー」「イット・エイント・ネセサリリー・ソー」「マイ・マンズ・ゴーン・ナウ」など多くの曲がジャズ・スタンダードになりました。

「サマータイム」は、生まれたばかりの赤ん坊に向けて歌われる子守歌で、ステージの最初に登場します。作詞はデュボース・ヘイワード(1885〜1940)。歌詞の大意は、「夏になれば、暮らしやすくなる。魚は跳ね、綿花は育つ。パパはリッチになってママはキレイになる。あなたが無事に翼を広げて飛び立つ朝まで、パパもママもずっとそばで守っているよ。だから坊や、泣かないで。」というものですが、曲調は歌詞に見合った明るいものではありません。というのは、ステージの後のほうでこの曲は(歌詞を少し変えて)もう2回歌われるのですが、だんだん悲惨な意味合いをもつことになっていくのです。このブルージーなメロディはもともとそちらのシーンに合わせた曲調なのですね。

ジャズでもっとも早くこの曲を録音したのはビリー・ホリデイ(ヴォーカル)です。アフリカ系アメリカ人の物語で、サウンドもブラック・ミュージックに通じるということで注目したのでしょう。舞台初演から1年も経たない1936年7月に録音しています。その後38年のビング・クロスビー(ヴォーカル)や39年のシドニー・ベシェ(ソプラノ・サックス)の録音が知られていますが、録音数で見ると、ジャズ・スタンダードとして大きく広まったのは50年代に入る頃のようです。

49年11月に、チャーリー・パーカー(アルト・サックス)はウィズ・ストリングスで録音したのがよく知られるほか、50年代にリリースされたものでヴォーカルは、サラ・ヴォーン、ヘレン・メリル、エラ・フィッツジェラルドがあり、エラはルイ・アームストロング(トランペット&ヴォーカル)とのデュエットも残している。インストではウィントン・ケリー、エロール・ガーナー(ともにピアノ)、スタン・ゲッツ(テナー・サックス)、マイルス・デイヴィス(トランペット)などがあり、60年代に入るとジョン・コルトレーン(テナー・サックス)やビル・エヴァンス(ピアノ)、モダン・ジャズ・カルテットら、またスタン・ゲッツが再び録音するといったように、完全にジャズ・スタンダード化しました。

この「サマータイム」人気の勢いは今日まで衰えることなく、膨大な録音はさらに増えつづけています。主だったジャズマンは必ず録音しているいうほどの状況ですから、好きなミュージシャンができたら、まず「基準」として「サマータイム」の演奏を聴いてみるというのも、ジャズ理解を深めるいい方法かもしれませんね。

「サマータイム」の名演収録アルバムと聴きどころ

(1)『エイプリル・イン・パリ〜チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』(ヴァーヴ)
『エイプリル・イン・パリ〜チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』

『エイプリル・イン・パリ〜チャーリー・パーカー・ウィズ・ストリングス』

演奏:チャーリー・パーカー(アルト・サックス)、ミッチ・ミラー(オーボエ)、スタン・フリーマン(ピアノ)、レイ・ブラウン(ベース)、バディ・リッチ(ドラムス)、メイヤー・ローゼン(ハープ)、ジミー・キャロル(編曲・指揮)ストリングス
録音:1949年11月30日

即興演奏至上主義ともいえる「ビバップ」スタイルのリーダーであったチャーリー・パーカーは、40年代末から新プロジェクト「ウィズ・ストリングス」を始めます。このストリングスは大オーケストラではなく、弦の5人とハープという編成。ここでパーカーはいつもの超絶アドリブ・ソロは封印し、ストリングスの「枠」の中でメロディをくり返し朗々と歌い上げています。しかしこれはまた即興とは違った「深み」「凄み」が感じられるもので、パーカーの新境地となりました。

(2)マイルス・デイヴィス『ポーギー&ベス』(コロンビア)

演奏:マイルス・デイヴィス(トランペット)、ギル・エヴァンス(編曲・指揮)オーケストラ
録音:1958年8月4日

マイルスが盟友アレンジャー、ギル・エヴァンスと組んで作った、オーケストラをバックにして全曲『ポーギーとベス』の曲を演奏するという異色アルバム。「サマータイム」ではミュート・トランペットでむせび泣いているかのような演奏を聴かせます。マイルスは原曲のメロディ・ラインを丁寧に生かしていますが、これはまさに歌っているかのよう。マイルスを引き立てる、控えめながらも深みのあるオーケストラ・サウンドも注目。なお、マイルスは最晩年の91年にクインシー・ジョーンズの指揮でこのセッションの再現演奏を行ないました。

(3)エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング『ポーギー&ベス』(ヴァーヴ)
エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング『ポーギー&ベス』

エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング『ポーギー&ベス』

演奏:エラ・フィッツジェラルド(ヴォーカル)、ルイ・アームストロング(トランペット&ヴォーカル)、ポール・スミス(ピアノ)、アルヴィン・ストーラー(ドラムス)、ラッセル・ガルシア(編曲・指揮)オーケストラ
録音:1958年8月、10月

エラ&ルイの名コンビは、マイルスと同じ頃、マイルスとまったく同じコンセプトでアルバムを録音していました。「サマータイム」はルイのトランペットによるイントロで始まり、エラ、ルイそれぞれが1コーラス、そして一緒に1コーラス歌います。これまでに2枚の共演アルバムを作っているだけあって、呼吸は絶妙。またふたりともアドリブの名手だけあって、絡みもフェイク(メロディの即興的改変)も素晴らしいのですが、それ以上にまず声の存在感に圧倒されます。そこが「ジャズ」ヴォーカルなのですね。

(4)ハービー・ハンコック『ガーシュウィン・ワールド』(ヴァーヴ)
ハービー・ハンコック『ガーシュウィン・ワールド』

ハービー・ハンコック『ガーシュウィン・ワールド』

演奏:ジョニ・ミッチェル(ヴォーカル)、スティーヴィー・ワンダー(ハーモニカ)、ウェイン・ショーター(ソプラノ・サックス)、ハービー・ハンコック(ピアノ)、アイラ・コールマン(ベース)
録音:1998年3〜4月

ここまで紹介した3作はいずれも大編成バンドですが、ガーシュウィンの音楽は大編成でこそ生きる、ということではありません。ハービー・ハンコックはこのガーシュウィンのトリビュート・アルバムを作るにあたって、(ほかにオーケストラ・セッションもありますが)「サマータイム」は、小編成で「ジャズ」を強烈に印象づけました。なんとジョニをメイン・ヴォーカルに据え、ハンコックとウェインが絡みまくり、スティーヴィーがハーモニカでアドリブ・ソロを聴かせるという、「個性激突」(これこそジャズの醍醐味!)セッションとなりました。フォークのジョニ、ソウルのスティーヴィーを結び付ける懐の広さと深さがガーシュウィン・ミュージックのひとつの魅力なのですね。

(5)『ジム・ホール&パット・メセニー』(ノンサッチ)

演奏:ジム・ホール、パット・メセニー(ともにギター)
録音:1998年8月1、2日

ジャズ・ギターの長老ホールと、人気実力ナンバー・ワンのメセニーによる、ギター2本だけの共演アルバム。「サマータイム」は、即興5曲を含む収録全17曲のうちのスタンダード3曲のなかの1曲で、メセニーはスチール弦アコースティック・ギターをジャンジャカかき鳴らすという、ジャズでは異色な奏法を聴かせています。一方ホールは、マイ・ペースのソロをそこに乗せています。(メセニーのホールから受けた影響は大きいのですが)仮に演奏スタイルがまるで異なっていたとしても、共通のプラットフォームさえあれば共演は可能で、そこでは思わぬ化学反応が起きるかもしれません。それがジャズの魅力のひとつ。録音当時ジムは68歳で、パットは44歳。「サマータイム」は世代を超えたスタンダードなのですね。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。ジャケット写真は一部のみ掲載しています。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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