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「競馬場はもっときれいにしなくちゃいけない」(有馬頼寧)【漱石と明治人のことば357】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「競馬というのは本来、もっと高級な遊びだからきれいにしなくちゃいけない」
--有馬頼寧

有馬頼寧(よりやす)は明治17年(1884)、旧久留米藩主・有馬頼方の長男として東京に生まれた。東大農科を卒業後、1年余り欧米を視察。帰国後、農商務省入り。その後、東大農科附属農業教員養成所講師、同助教授を経て、衆議院議員に当選。昭和2年(1947)父の死により爵位を継承し、貴族院議員となった。

有馬は近衛文麿と親しかった。その側近となり、近衛新党計画や新体制運動に積極的に参画。第1次近衛内閣の農林大臣などをつとめた。

敗戦後、有馬頼寧はA級戦犯容疑者として巣鴨拘置所に入れられた。財産も差し押さえられた。頼寧の長男、次男が亡くなって三男ながら有馬家を継承する立場となった有馬頼義は、生活に窮し、カストリ雑誌に原稿を書きながら、古道具屋やビルの窓拭きなどをして家計を支えたという。時には、得意のアコーディオンを持って新国劇の旅興行についていき、幕の外で演奏したこともあった。後年、この有馬頼義は社会派推理作家として、松本清張とともに人気を博すことになる。

巣鴨拘置所に入れられた有馬頼寧は、1年後に釈放された。やがて公職追放がとけると、農林相時代の有馬の秘書だった河野一郎の推薦で日本中央競馬界理事長となり、競馬の発展に尽力した。

有馬頼寧はもともとがアイデアマン。中山競馬場が薄汚くて、観客が草履ばきでイカをかじりながら歩いているのを見ると、掲出のようなことばを口にし改善に取り組んだ。安心して家族連れでこられるようにと、観客席を整備し花壇や公園をつくる一方で、より多くの人に楽しんでもらえる何か新しいレースを企画しようと、プロ野球のオールスターを真似て、ファンによる人気投票を取り入れたグランプリ・レースを創設した。その第1回は昭和31年(1956)12月23日に開催された。

それからわずか17日後の昭和32年(1957)1月9日、有馬頼寧は72歳で急逝した。殿様の血をひく見事な男っぷり、粋な着物姿で花柳界に出入りしていたから、葬儀には美しい女性の姿が多く見られた。息子・頼義の妻の千代子が思わず、「うわあ、綺麗な人」と声を上げると、頼義は「あれ、親爺の子だよ」と答えたというエピソードもある。

有馬頼寧が創設したグランプリ・レースは、第2回以降、創設者の名を冠して有馬記念と呼ばれることになった。

明日12月24日は、第62回有馬記念がおこなわれる。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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