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「みな生と死のあいだのぎりぎりのところで生きているんだ」(山本周五郎)【漱石と明治人のことば297】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「人間はみな同じような状態にいるんだ、まぬかれることのできない、生と死のあいだで、そのぎりぎりのところで生きているんだ」
--山本周五郎

現在、神奈川県横浜市の県立神奈川近代文学館で、「没後50年山本周五郎展」が開催されている。貴重な資料が多く展示されていて、一見の価値がある。

この展覧会の編集委員をつとめた文芸評論家で同館専務理事の清原康正さんには、『山本周五郎のことば』という著作がある。これを改めて繙いてみると、数々の魅力的なことばが並んでいる。上に掲げたのも、そのひとつ。小説『樅ノ木は残った』の中に綴られた一節である。

他にも、いくつか拾ってみよう。

「人間は正直にしていても善いことがあるとはきまらないもんだけれども、悪(わる)ごすく立廻ったところで、そう善いことばかりもないものさ」(『柳橋物語』)
「人間のゆくすえは神ほとけにもわかるまい、実際に生きてみるほかはないのだ、かなしいけれど人間とはそういうものなんだ」(『枡落し』)
「どんなに賢くっても、にんげん自分の背中を見ることはできないんだからね」(『さぶ』)
「いつだって本当の気持を話そうとすると、それがいちばんむずかしくって厄介だってことがわかる、とてつもなく厄介なことだってな」(『あとのない仮名』)

山本周五郎自身、苦難の時節があった。20代半ば、ぶらりとスケッチに出かけた風景が気に入り、千葉の浦安に移り住んだ頃、編集記者として勤務していた会社をクビになり、どん底の貧乏暮らしに陥った。失恋や、文壇進出への壁に突き当たるなどの問題が重なり、精神的にも疲弊しきっていた。

そんなとき山本周五郎は、スウェーデンの作家ストリンドベリイの、「苦しみつつ、なおはたらけ、安住を求めるな、この世は巡礼である」ということばを思い、人生の指針にし、乗り越えたという。こうした苦難の体験が、のちに山本自身が自作の中に珠玉のことばを綴り込むことにもつながったらしい。

作品の中で、市井に生きる庶民や正史から虐げられた者へつねに温かな視線を注いだ山本周五郎は、実生活でも庶民派であった。たとえば好きなウイスキーは、国産の大衆向けである「ホワイト」だった。流行作家となってもこれは変わらず、最晩年になってようやく角瓶に格上げしたとも伝えられる。

山本は書く原稿の分量を、ひと月に100 枚余と決めていた。1日にすると3枚と少し。それを考えては書き、考えては書く。まるで宝石を磨くような丁寧さで作品を紡いだ。その疲れを癒す一杯の酒でも、庶民に寄り添いつづけた山本であった。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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