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嫁姑問題に悩んでいた森鴎外が小説にもらした本音【漱石と明治人のことば334】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「奥さんはこの家に来てから、博士の母君をあの人としか云わない」
--森鴎外

上に掲げたのは、森鴎外が小説『半日』の中に書いたことばである。鴎外はつづけて、こう綴っている。

「博士が何故母さまと云わないかと云うと、この家に来たのは、あなたの妻になりに来たので、あの人の子になりに来たのではないと答えることになっている」

物語の主人公は文学博士の高山峻蔵。この高山博士が妻と母親との不仲の間に立って思い悩むのだ。小説中には、次のような記述も読める。

「こういう時博士の黙っているのが、奥さんには又不愉快でならぬ。奥さんが『何とか仰ゃいよ』と肉薄して来て、白く長い指が博士の手首に絡んで来るのは、こういう時である。そこで奥さんが決戦を挑んで、髪を切るの喉を突くのということもある。例の玉ちゃんを連れてどこかへ往くと言い出すこともある」

さらに、高山博士の母親は「息子の嫁はお嬢さん育ちで頼りがいがないから」と、決して財布を握らせず、嫁はその母を指して「丸であなたの女房気取り」と嫉妬まじりに罵るのだから、高山博士は板挟みにならざるを得ない。

実はこれは、鴎外の家庭生活をほぼそのままに映し込んだものであった。鴎外の妻・しげ子と母・峰子は、どうもしっくりいかず、鴎外は心を煩わせていたのである。

鴎外が18歳年下のしげ子と結婚したのは、満40歳を目前にした明治35年(1902)1月。ふたりはともに再婚の身であった。

鴎外はドイツ留学から帰国後、恩人の薦めに従い海軍中将の娘と見合い結婚をした。ドイツから追いかけてきた恋人とも別れ、家の将来を担う長男として、立身出世にもつながる良縁を受け入れた形だった。

が、反りが合わず破婚。おそらくはこのことも影響し、鴎外は小倉に左遷されている。

しげ子の方は一度、著名な銀行家の子息に縁づいた。ところが、相手が相当な遊び人でひと騒動持ち上がったことから、怒ったしげ子の父親がわずか20日ほどで娘を引き取った。それで、最初の結婚生活が幕引きとなっていた。

しげ子はなかなかの美貌で、面食いの鴎外を満足させた。軍人仲間にもおのろけを聞かせるほど、鴎外は新しい妻に愛情を抱いていた。その一方で、父亡きあと、自分たちを育て上げた働き者の賢婦たる母・峰子をないがしろにする訳にいかず、嫁姑の確執に心を痛めたのだ。

漱石と並ぶ明治の文豪にして、軍医としても陸軍軍医総監というトップに上り詰めた鴎外に、こんな悩みがあったのを知ると、鴎外には気の毒だが、むしろ人間的な親しみの感情がわいてくるところもあるのではないだろうか。

鴎外がこの小説を書いたのは、自己の鬱屈を吐き出すと同時に、作品の発表が家庭における妻の生活態度の反省と改善につながることを、ひそかに期待したためでもあったらしい。

『半日』を書いた翌月、鴎外はさらに、その続篇とも言うべき『一夜』という小説を書いたといわれる。しげ子がこれを発見し、発表を差し控えてもらうよう懇願した。鴎外は原稿を破棄し、その交換条件として、しげ子が頑なな態度を幾分か和らげた。普段はお辞儀をしないしげ子が、峰子に頭を下げる場面もあったという。

大正5年(1916)3月、峰子は死去した。鴎外はそれから6年後の大正11年(1922)7月、満60歳で逝った。しげ子は夫の死を看取ってのち10余年を黙々と生き、昭和11年(1936)4月、56歳で没した。生存中の彼女は、鴎外全集の中に小説『半日』が収められることを、とうとう最後まで許さなかったという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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