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「世界主義も国家主義も、どちらにも相当の理由がある」(上田敏)【漱石と明治人のことば343】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「世界主義、国家主義の二つは、両方とも相当の理由があって、俄(にわか)にどれが正しい、どれが悪いということは言えません」--上田敏

詩人・翻訳家として知られる上田敏は、東京帝国大学における夏目漱石の同僚であった。それも、同じ明治36年(1903)4月に英文学講師となった、いわゆる同期だった。年齢は上田の方が漱石より7つ年下だが、漱石が松山、熊本、イギリスと巡り巡って東京へ戻ってきたため、そんな偶然が生まれたのだった。

掲出のことばは、上田が明治38年(1905)9月に雑誌『時代思潮』に発表した評論の一節。現今にあてはめれば、世界主義は「グローバリズム」、国家主義はトランプ政権に代表されるような「自国第一主義」ということになるだろう。上田はつづけて、こう述べている。

「世界主義を掲げていえば、今の所では世界主義は人道主義を代表し、国家主義はややもすればこの征略主義を代表することになっている。また国家主義の肩を持ていえば、世界主義はややもすると今日の社会の組織を紊乱し、一時人心を動揺させる弊害があるのである。国家主義はこれに反して愛国心を養い、国家の独立を強固にするというような利もある。二十世紀の責任はこの二大主義を如何に調和すべきかにあるのである」(『戦後の思想界』)

20世紀に果たされるべきだった責任は、やや趣を異にしながら、21世紀にも続いているように思える。

上田敏が名高い訳詩集『海潮音』を世に出したのはこの翌月、明治38年(1905)10月だった。そこには、ヴェルレーヌ、ボードレール、マラルメといった、フランスの象徴主義の訳詩が多くおさめられていた。当時の詩壇ではこうした目配りは行き届いておらず、それだけでも画期的だったが、それ以上にその訳出の仕方が見事だった。後年、北原白秋は『明治大正詩史概観』の中で、上田敏のこの仕事を絶賛し、こう述べている。

「彼の彫心鏤骨(ちょうしんるこつ)の訳述は寧(むし)ろ創作の苦業であった。詢(まこと)に異邦詩文の美を和語の雅醇に移し、限りなき韻律と色彩の薫りを紙上に燻きこめた偉業は前代にも見ず、大正昭和を通じても絶えて後を継ぐものは現われぬ。近代詩壇の母はまさしくこの人である」

具体的に、『海潮音』におさめられたヴェルレーヌの『落葉』を見てみよう。

「秋の日の/ヴィオロンの/ためいきの/身にしみて/ひたぶるに/うら悲し。//鐘のおとに/胸ふたぎ/色かへて/涙ぐむ/過ぎし日の/おもひでか。//げにわれは/うらぶれて/こゝかしこ/さだめなく/とび散らふ/落葉かな。」(『落葉』)

こうした詩作の翻訳には、上田の詩人としてのセンスに加え、鋭敏な音楽的感覚の冴えが強く香っている。上田は西洋のクラシック音楽にも造詣が深く、とくにブラームスを愛したという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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