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「涙を流して苦しむほどに客を笑わせたい」(初代・桂春団治)【漱石と明治人のことば351】

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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「私はお客がただ笑うだけでなく、涙を流してまで笑うてくれんと頼りのうおます。というのは笑うて笑うて、笑いの止らぬ時、お客は横腹を抑えて涙を流して苦しんでいやはります。ここまで来て初めて私は落語家になった生甲斐を感じます」
--初代桂春団治

落語家の初代桂春団治がお客さんを笑わすことについて語ったことばが、昭和6年(1931)11月22日付、大阪毎日新聞の夕刊紙上に残されている。春団治は「お客さんを笑わすことは一通りの苦労やおまへん。これが泣かすほうなら訳はないのですけれど」と言いながら、掲出のように、際限のないほどの笑いを欲したのである。

生まれは明治11年(1878)の大阪。本名は皮田藤吉(のち岩井姓となる)。兄が噺家だった縁で、はじめ桂文我に入門。のち7代目桂文治に師事し、春団治を名乗ることとなった。

伝統的な上方落語の中に、荒唐無稽、奇想天外なナンセンスを持ち込んだ型破りの芸風。たとえば、古典落語の『鰻屋』も、この人にやらせると、鰻屋の主人が鰻を持ったまま電車に乗ってしまう。旧来のいわゆる落語通からは邪道といわれたが、薬種商の未亡人と親密な仲になり「後家殺し」の異名をとるなど、奔放で洒落と奇行に満ちた私生活とあいまって、一般大衆の人気をさらった。

実際には彼の兄弟子が初代だったが、この人の存在があまりにも大きくなったため、俗に初代といわれるようになった。

こんな逸話もある。

春団治は吉本興行と専属契約を結んでいたが、その規定に反して無断でラジオに出演し落語を放送したことがあった。春団治の中の反骨心と積まれた高額のギャラ、新しいものに飛びつきたい好奇心から、あえてやったものだったらしい。放送が寄席への客足を減らすことを恐れていた吉本は、これに厳しく対処した。「吉本の指定以外に於て出演したる場合は一時に借金を返済し、その上損害賠償の責めを負う」という公正証書にものをいわせ、吉本に8000円の借金のある春団治の自宅へ執達吏をやり、差し押さえを強制執行したのである。昭和5年(1930)12月9日のことだった。

これにはさすがの春団治もしょげかえり、それまで弟弟子に対して「芸人は借金の出来る時に借金をしておけよ」と訓戒を垂れていたのに「借金をしたらいかんな」としみじみ語るほどだったという。だが一方で、話を聞きつけて取材に駆けつけた新聞社のカメラに向かっては、ここぞとばかり、自らの口の上に差し押さえの紙を貼ってポーズをとり写真におさまって見せた。大衆を喜ばせるためなら、過剰なまでのサービス精神を発揮して、自らを洒落のめしてみせるのだった。

吉本の心配をよそに、ラジオ放送のあと、ひと目だけでも春団治を見ようという客が、今まで以上に大勢寄席につめかけ、吉本も考えを改めたという。

大阪・千日前にあるワッハ上方(大阪府立上方演芸資料館)を訪れると、そんな初代桂春団治遺愛の懐中時計に対面することができる。ひとめ見て、驚くのはその大きさだ。握れば掌からはみ出さんばかりの直径8センチ。

春団治は、ふとした折にこれを懐から取り出し、周囲の目を驚かせたという。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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