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文/矢島裕紀彦

今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「『観る』とはすでに一定しているものを映すことではない。無限に新しいものを見いだして行くことである。だから観ることは直ちに創造に連なる」
--和辻哲郎

哲学者の和辻哲郎がその著『風土』の中に綴ったことばである。真にものごとを観るということは、それだけのエネルギーを要するものなのだと、哲学者は言いたいのだろう。

和辻には、独自の主義があった。

それは、講演やテレビ出演はせず、「長」と名のつく役職にはつかず、締め切りのある原稿は書かない、というものだった。極端なまでに、精力の分散を嫌ったのである。

和辻は明治22年(1889)生まれ。兵庫・姫路市郊外の農村の医家の次男だった。姫路中学を卒えて上京し、一高から東大の哲学科へと進む。夏目漱石に傾倒して門下に加わり「木曜会」に出入りする一方で、谷崎潤一郎らと第二次『新思潮』を創刊。戯曲や小説を発表した。

その後、哲学者として、ニーチェ、キルケゴールといった西洋哲学の先端の研究に取り組んだ和辻だが、幼いわが子の死をきっかけにして仏像に強く惹きつけられていく。このことがやがて、長篇エッセイ『古寺巡礼』に結実していったのである。

奈良・飛鳥を旅して、仏像彫刻や寺院建築の美について詩情ゆたかな名文で綴ったこの作品は、多くの読者を魅了した。

ここから和辻哲郎の日本文化研究の目が開かれた。このあと、『日本古代文化』『日本倫理思想史』などの著作が生み出される所以であった。

若い頃の和辻は、胸の奥に地方出身のコンプレックスがあり、ことさら都会的で洗練されたスタイルを好んだ。ところが、晩年になると、田舎びた素朴なものの味わいに心地よさを見出していった。かつては湘南に構えた住まいも、しまいには武蔵野の面影が色濃く残る東京・練馬の田舎家に落ち着いた。

その練馬の家で和辻が愛用した木製の椅子が、姫路市の姫路文学館に残されている。床面部分のたっぷりした素朴な形の中に、重厚さが漂う。そこには、余分なものを削ぎ落として、本来的仕事に腰を据えて邁進した和辻の沈思黙考の姿が重なって見えた。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

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