東京都内を中心に、全国の映画館で上映される映画史に残る往年の名作から、川本三郎さんが推薦する作品をご紹介します。

職を探す蔦つた枝え (新珠三千代・左)は、洲す 崎さきの私ししよう娼街がい付近の飲み屋の女将( 轟夕起子・右)に頼んで住み込みで働くことに。(C)日活

洲崎パラダイス 赤信号(昭和31年) 選・文/川本三郎

『幕末太陽傳』と並ぶ川島雄三監督の傑作(助監督は今村昌平)。そば屋の店員役で出演している亡き小沢昭一は「川島作品では『洲崎パラダイス』がいちばん好き」と語っていた。

現在では高く評価されているが公開当時は通常のプログラムピクチュアとして大きな話題にはならなかった。

洲崎パラダイスとは江東区の海側(現在の東陽一丁目)にあった特飲街のこと。明治時代には遊廓があった。永井荷風の『夢の女』(明治36年)の舞台。戦後、私娼の町になった。

腐れ縁の男女、三橋達也と新珠三千代が行き場をなくし、この町に流れ着く。女は、特飲街の手前にある一杯飲み屋で働くことになる。おかみ役は戦前からのスター、轟夕起子。ふくよかで気のいい下町のおかみさんを好演している。

宝塚出身の新珠三千代がはじめて汚れ役に挑戦。崩れた女の色香を見せて美しい。川島作品に多く出演した新珠だが、生前インタビューした時、やはりこの映画を「川島先生の傑作」と懐しんでいた。

身体を売って生きてきた女。蓮っぱなところがあり、飲み屋の客( 河津清三郎)にすぐなびいてしまうが、それでも一緒に暮した男のことが忘れられず、最後、先の見込みがないと分かっていながら男のところへ戻ってゆく。

原作は、浅草生まれで『隅田川暮色』など下町ものをよく書いた芝木好子の短篇『洲崎パラダイス』。ちなみに溝口健二監督の吉原を舞台にした『赤線地帯』(昭和31年)は、一部、芝木好子の短篇『洲崎の女』が取り入れられている。

高校の同級生に洲崎の店の娘がいて、その縁で芝木好子はいくつか色街ものを書いた。

勝鬨橋から始まり勝鬨橋で終わる。洲崎周辺でロケ。実際の風景とセットがうまく溶け合っている。汚れた掘割。すがれた一杯飲み屋。埋立ての砂利を運ぶトラック。芝居小屋。洲崎神社。

当時、場末の特飲街としてさびれてゆく洲崎のうらぶれた雰囲気が、浮草のような男女に合う。

そば屋の女性店員に芦川いづみ。清純な彼女の愛らしさが、この映画に温もりを与えている。

文/川本三郎
評論家。昭和19年、東京生まれ。映画、都市、旅、漫画など、幅広いテーマで評論活動を繰り広げる。著書に『荷風と東京』『映画の昭和雑貨店』など多数。

【今日の名画】
『洲崎パラダイス 赤信号』
昭和31年(1956)日本
監督/川島雄三
原作/芝木好子
出演/新珠三千代、三橋達也、轟夕起子、河津清三郎、芦川いづみ ほか
上映時間/1時間21分

【上映スケジュール】
期間:上映中〜10月21日(土)
 *上映時間は要問い合わせ
会場:ラピュタ阿佐ヶ谷
 東京都杉並区阿佐谷北2-12-21
JR中央線阿佐ヶ谷駅より徒歩約2分
電話:03・3336・5440

http://www.laputa-jp.com

ラピュタ阿佐ヶ谷では8月20日(日)から10月21(土)まで特集「昭和の銀幕に輝くヒロイン 第86弾 轟夕起子 ~生誕100年記念スペシャル」を上映。戦前を代表する美人女優で、戦後も脇役で息の長い活躍を見せた轟夕起子の魅力に迫ります。

※この記事は『サライ』本誌2017年11月号より転載しました。

 

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