東京都内を中心に、全国の映画館で上映される映画史に残る往年の名作から、川本三郎さんが推薦する作品をご紹介します。

老舗京染屋の長女で染物職人のきわ(山本富士子)は、妻子がいる大学教授の竹村と出会い、恋に落ちてしまう。(c)KADOKAWA1956

角川シネマ新宿 特集上映「大映女優祭」より
夜の河(昭和31年) 選・文/川本三郎

山本富士子の代表作。京都の染物職人の娘を演じ、美しさと、働く女性の芯の強さを見せる。

澤野久雄が『文学界』に発表し芥川賞候補になった作品を田中澄江が脚色。監督は『偽れる盛装』(昭和26年、京マチ子主演)など京都ものに定評のある吉村公三郎。

大阪生まれ、京都の女学校に通った山本富士子が京女を演じる。

京都の堀川にある染物職人(東野英治郎)の娘で、自分も父の下で仕事をする。父が頑固なこともあって家業は厳しくなっている。若い職人は「こんな仕事、古臭い」と辞めてゆく。

娘のきわ、山本富士子は、そんななか父親を支え、古いのれんを守ってゆこうとする。自分から次々に新しいデザインを考える。

想を得るため、奈良の法隆寺を訪ねた時、女学生の娘(市川和子)を連れた大学教授の竹村(上原謙)に会い、心惹かれてゆく。

竹村は遺伝学の学者。遺伝子の研究に打ちこんでいる。ある時、彼女は仕事で東京に行くことになる。夜行列車の食堂で、偶然、竹村に会う。彼は、大事な実験に失敗したといって落込んでいる。

その姿を見て、彼女は言う。「先生がいちばんがっかりしている時におそばにいられて(うれしい)」。この時の山本富士子のはにかんだ美しさは特筆に値する。

二人は八月、大文字の夜、木屋町の旅館で結ばれる。このラブシーンも官能的でいて品がある。部屋に射し込む赤い夕日が二人を淡く包んでゆく(撮影は宮川一夫)。

竹村には実は長いあいだカリエスで寝ている妻がいる。その妻が亡くなり、竹村はきわに結婚を申込む。奥さんが死んだのを待っていたかのように求婚する男が信じられないし、奥さんの死によって自分が幸せになるのも潔しとしない。決然と男と別れる山本富士子が素晴しい。

宮川一夫のカメラは、要所要所で赤をうまく使う。染物、花、そして最後、京の町をメーデーのデモ隊が労働歌『世界をつなげ花の輪に』を歌いながら行進する時に持つ赤い旗。

まだ市電の走る堀川の通り、四条大橋、珈琲店イノダなど昭和三十年代の京都が懐しい。

文/川本三郎
評論家。昭和19年、東京生まれ。映画、都市、旅、漫画など、幅広いテーマで評論活動を繰り広げる。著書に『荷風と東京』『映画の昭和雑貨店』など多数。

【今日の名画】
『夜の河』
昭和31年(1956)日本
監督/吉村公三郎
原作/澤野久雄
出演//山本富士子、上原謙、小野道子、川崎敬三、ほか
上映時間/1時間44分

【上映スケジュール】
期間:12月9日(土)~1月12日(金)
 *上映時間は要問い合わせ
会場:角川シネマ新宿
東京都新宿区新宿3-13-3新宿文化ビル4・5階 交通:東京メトロ・都営地下鉄新宿三丁目駅より徒歩約2分 電話:03・5361・7878
http://www.kadokawa-cinema.jp/shinjuku/

※角川シネマ新宿では12月9日(土)~1月12日(金)まで、大映創立75周年を記念し、「大映女優祭」を開催。日本の映画史を彩った名女優たちの傑作全48本を上映。以後、全国で順次上映されます。

※この記事は『サライ』本誌2018年1月号より転載しました。

 

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