東京都内を中心に、全国の映画館で上映される映画史に残る往年の名作から、川本三郎さんが推薦する作品をご紹介します。

神保町シアター 特集上映「にっぽん家族の肖像─映画で辿る昭和の家庭風景」より
(昭和31年)
選・文/川本三郎

妻に先立たれた文学教授の水沢(笠智衆・中央)は、親戚に預けていた子供4人を引き取り男手ひとつで育てる。(C)1956東宝

妻に先立たれた男が四人の子供を育てあげる。その「嵐」のなかにいるような父親の苦労、そして親子の情愛を優しくとらえた家庭劇の秀作。島崎藤村の実体験を踏まえた中篇小説を『無法松の一生』(昭和18年)で知られる稲垣浩が映画化。脚本は菊島隆三。

大正から昭和にかけて。フランス文学の大学教授(笠智衆)は七年前に妻を亡くした。四人の子供を親戚に預けてフランスに行っていた。帰国後、子供たちを引取って自分で育てようと決心する。

三人の男の子と娘。徐々に引取ってゆき、やがて四人が揃う。麻布の飯倉片町の借家で暮すことになるが、男やもめには子育ては大変。大学教授を辞め、家で出来る文筆の仕事に打込む。

生活描写が丁寧。大八車での引越し、おねしょ、柱での背比べ、ひな祭り、お盆の迎え火……雨の日、父親は娘のために小学校に傘を持って迎えにゆく。兄二人は、自分たちは放ったらかしにされたとすねる。子供の気持は難しい。

幸い、働き者の「婆や」(田中絹代)が来てくれるようになって家事が少し楽になる。

子供たちは成長してゆく。長男(山本廉)は故郷の家を継ぎ、農業を営む。次男(大塚国夫)と三男( 久保明)は美術学校へ。末娘(雪村いづみ)は女学校に。

娘が初潮を迎えた時、父親はどうしたらいいか分らずおろおろするばかり。婆やはきちんと処置して「おめでとうございます。おんなになられました」と頼もしい。

昭和の家庭には「ねえや」や「婆や」が家族のなかで大きな役割を果していたものだった。

島崎藤村にはよく知られている事件がある。妻に先立たれたあと姪と過ちを犯し、世間の批判を浴びた。そして逃げるようにフランスに旅立った。「嵐」にはこの事件の意もあるだろう。

映画の最後、子供たちの成長を見た父親は、これから仕事に打込むと決意するが、実際、藤村はこのあと再婚し、大作『夜明け前』を書きあげた。

次男の島崎鶏二は太平洋戦争に従軍画家として出征、南方洋上で戦死。三男の蓊助は画家として立った。

文/川本三郎
評論家。昭和19年、東京生まれ。映画、都市、旅、漫画など、幅広いテーマで評論活動を繰り広げる。著書に『荷風と東京』『映画の昭和雑貨店』など多数。

【今日の名画】
『嵐』
昭和31年(1956)日本
監督/稲垣浩
出演/笠智衆、田中絹代、雪村いづみ、久保明ほか
上映時間/1時間48分

【上映スケジュール】
期間:5月26日(土)~6月1日(金)
*上映日時は要問い合わせ
会場:神保町シアター
東京都千代田区神田神保町1-23
地下鉄神保町駅より徒歩約3分
電話:03・5281・5132

http://www.kadokawa-cinema.jp/shinjuku/

※神保町シアターでは5月5日(土)(祝日)から6月8日(金)まで特集「にっぽん家族の肖像─映画で辿たどる昭和の家庭風景」を上映。戦前から現代まで、名監督たちが様々な時代を背景に紡つむいできた家族模様を特集します。

※この記事は『サライ』本誌2018年6月号より転載しました。

 

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