東京都内を中心に、全国の映画館で上映される映画史に残る往年の名作から、川本三郎さんが推薦する作品をご紹介します。
ラピュタ阿佐ヶ谷特集上映「鬼才・奇才・キ才 岡本喜八」より
江分利満氏の優雅な生活(昭和38年)
選・文/川本三郎
原作は、御存知、昭和三十七年下半期の直木賞を受賞した山口瞳の随筆風小説。『婦人画報』誌に連載されたもので、当時三十七歳の山口瞳は、まだ一冊も本を出していなかった新人。異例の受賞といっていい。
「江分利満(えぶりまん)」はevery manをもじっている。平均的なサラリーマンのこと。山口瞳は当時、寿屋(現在のサントリー)の宣伝部員だった。同僚には開高健がいた。江分利満はサラリーマンである自身をモデルにしている。
原作では、会社は架空の東西電機だが、映画でははっきりサントリーとしている。江分利満を演じるのは小林桂樹。『裸の大将』(昭和33年、堀川弘通監督)の山下清に続いて名演技を見せる。
江分利満の語りで進んでゆく。妻子のこと、両親のこと、会社のこと。戦後の混乱期に結婚し(妻は新珠三千代)、当初は苦労したが、高度経済成長期になると次第に暮しも落着いてくる。
東急東横線、元住吉駅近くの社宅に住む。二階建てのテラスハウス。庭もある。恵まれている。
ただ江分利満は、サラリーマン生活に疲れも感じている。若い社員についてゆけなくなっている。
事業に失敗し、多額の借金を抱えながら他人ごとのように安閑と同居している父親( 東野英治郎)には困り果てている。
「優雅」とは言えない小市民の暮しがユーモアを交え、日記風に描かれてゆく。
鬼才と評された岡本喜八だけにイラスト(山口瞳の同僚だった柳原良平)やストップモーションを取り入れているのは大胆。新婚夫婦の愛情を、下駄で表現する場面など意表を突く。
いつもは飄々としている江分利が、苦労の多かった母親(英百合子)が死に、その実直簡潔な遺書を読んで男泣きする場面は出色。
江分利は戦中派。戦争末期に兵隊に取られた。直木賞を受賞し、会社の若者たちが祝ってくれる。その席で酔い、戦中派の心情を吐露するのだが、二人の若い社員( 二瓶正也、小川安三)は白けてしまう。世代の差が哀しい。
岡本作品の常連の一人、砂塚秀夫演じるテキヤの口上がみごと。
文/川本三郎
評論家。昭和19年、東京生まれ。映画、都市、旅、漫画など、幅広いテーマで評論活動を繰り広げる。著書に『荷風と東京』『映画の昭和雑貨店』など多数。
【今日の名画】
『江分利満氏の優雅な生活』
昭和38年(1963)日本
監督/岡本喜八
原作/山口瞳
出演/笠小林桂樹、新珠三千代、東野英治郎、ジェリー伊藤ほか
上映時間/1時間42分
【上映スケジュール】
期間:上映中〜6月30日(土)
*上映日時は要問い合わせ
会場:ラピュタ阿佐ヶ谷
東京都杉並区阿佐谷北2-12-21
JR中央線阿佐ヶ谷駅より徒歩約2分
電話:03・3336・5440
http://www.laputa-jp.com
※ラピュタ阿佐ヶ谷では6月30日(土)まで特集「鬼才・奇才・キ才 岡本喜八」を上映。卓越したアイディアや独特の映画術を駆使して描き出す、娯楽映画の粋を極めた喜八ワールドをご堪能になれます。
※この記事は『サライ』本誌2018年7月号より転載しました。