新着記事

レストランでちょうどいいワインを頼める“魔法の言葉”とは?【食いしん坊の作法 第5回】

文/山本益博「フランス料理が苦手です」という方に、その理由を聞くと、一昔前は、食事の…

綿麻三重織ケット|軽く柔らかな肌掛けで寝苦しい夜も快適に

快眠は、快適な寝具があってこそ。ことに寝苦しい夏場は、寝具の持つ役割が大きくなる。こ…

夏目漱石があのヒゲを整えるのに使っていた剃刀【文士の逸品No.25】

◎No.25:夏目漱石の剃刀文/矢島裕紀彦ロンドンの夏目漱石は、計5回の宿替…

予め知っておきたい「がんになると降りかかってくる4つの負担」とは?

文/中村康宏がんは日本人の死因トップで、3人に1人はがんで死にます。つまり、あなたの…

夫婦から息子へと受け継がれた「マツダ ロードスター」ある家族の物語

高知県南国市。田畑が広がる緑豊かな住宅地に松村一亀(かつき)・倫子(のりこ)さん夫妻の自宅はある。ガ…

墨汁も半紙も使わない水筆書道|乾けば何度でも使える水筆用の書道セット

水と筆があれば、墨汁を使わなくても書道の練習ができるセット。半紙の代わりに使うのは「水写布」…

インカ帝国悲劇の舞台!ペルーの古都「カハマルカ」を歴史散歩する

文・写真/原田慶子(ペルー在住ライター)米CNNが「2018年に訪れるべき18の場所」の1つに選…

【日本ワイン生産者の肖像4】近藤良介さん(KONDOヴィンヤード)北海道・空知でジョージアの古式グベヴェヴリ製法に挑む

取材・文/鳥海美奈子そのワインには、スケール感がある。伸びやかで、ダイナミックで、香気が漂う…

【夕刊サライ/川合俊一】株を始めると時事ネタに強くなる、話題がデカくなる!(川合俊一の暮らし・家計コラム 第3回)

夕刊サライは本誌では読めないプレミアムエッセイを、月~金の毎夕17:00に更新しています。火…

唯一無二の音楽集団ピンク・マティーニが5年ぶりに来日公演@ブルーノート東京

20世紀のあらゆる時代や国のポピュラー・ソングを、ハリウッド映画黄金時代のジャズ・バンドを思…

サライ最新号

ピックアップ記事

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

趣味・教養

阪田三吉|勉強嫌いで将棋好き、貧しさの中で磨いた無類の棋力【将棋界「鬼才」列伝その1】

対局中の阪田三吉。阪田は自分の大局観を《わては五重塔の上に立っとるさかい、大阪中の火事がみんな見える》と表現した。写真:毎日新聞社

阪田三吉は頭が人並み外れて大きかった。それもいわゆるサイヅチ頭。頭頂部が平べったくて、ハチが張っている。当の本人曰く。

《頭の大きいのは賢人の証拠やそうやが、ワシの頭は将棋ばかりで、外になんにもない》

自慢の裏返しではなかろう。素朴な謙遜の中に、我知らず仄かなユーモアが香る。そういう人柄であったようだ。

律儀でお洒落れ、後輩たちにもやさしい。《将棋指しは体が大事や。体をつくらにゃあかんで》と独自の健康法を説き、記録係には「これ取っとき」と手の切れるような5円札の入った封筒を差し出す。少年時代の大山康晴もこの恩恵に与あずかっている。

明治3年6月3日、和泉国大鳥郡舳松村(現・大阪府堺市)の生まれ。家業は草鞋の表づくりだった。明治9年、小学校に入学するが半年ほどでやめてしまう。本人は《一体ワシは読み書きが大嫌いで学校へは半年ばかり通ったけれど、勉強がいやでいやでならない》と語っているが、それ以上に家の貧しさが影響していたのだろう。

現在、扇子などに揮毫(きごう)した阪田自筆の「馬」と「三」の字が残るが、これは読み書きができなかったとされる阪田が還暦の頃、書家の中村眉山に教わったものである。

阪田直筆の扇子(日本将棋連盟蔵)。阪田は午年生まれ。「馬」は成り角でもあり好きな文字だった。文字を習ったのも午年という。

勉強は嫌いだが、将棋は大好きだった。近所では、よく大人たちが縁台将棋を指していた。それを見て習い覚え、12歳の頃には初段の棋力を身につけたという。もはや、村の大人たちで阪田にかなう者はいなくなっていた。

16歳の夏、父親が突然に亡くなった。戸主として家計を支える立場になった阪田は、家業を引き継ぐより得意の将棋に活路を見出す。当時、街中では当たり前のように賭け将棋が行なわれており、阪田は相手を求め大阪市内までも出かけていく。そのうちには「堺の三吉」は、凄腕の賞金稼ぎとして広く知られるようになった。

*  *  *

阪田が25歳の頃、突然に堺の料亭に連れていかれ、色の白い役者のような男と将棋を指さされた。手強かった。三番指して、角落ち(相手が角なしで戦うハンディ戦)でひとつ星を拾うのがやっと。相手が西国武者修行中の東京のプロ棋士・関根金次郎であることはあとで知らされる。生涯のライバルとの邂逅であった。

明治39年4月22日、阪田は大阪・阿弥陀池で、またも関根と盤を囲んだ。あの日の対局以来、すでに何番か戦っているが、この日の対局は阪田の生涯の中でも特筆すべきものとなる。

昭和戦前までの将棋は、段差によってハンディが決まっていた。二段差で香落ち、四段差で角落ちといった具合だった。このとき関根の八段に対し、阪田は五段半と目されていた。よって香落ちで二番指したのだが、その2局目が問題だった。

阪田が怒濤の攻めで敵陣に迫る終盤、関根の巧妙な受けから、互いに同じ手の繰り返しになる「千日手」となった。今なら引き分けだが、当時は同じ指し手を3度繰り返した場合、仕掛けた方が手を変えなければならなかった。師匠もおらず、自己流で叩き上げた阪田はそれを知らなかった。

そして敗北。阪田の中でこれは「発奮の千日手」となった。関根は「千日手」になることを見抜き、勝ちに結びつけた。そんなの本当の勝ちではない。阪田はそう思って憤慨した。

帰宅すると、女房のコユウに宣言した。《俺は今日から本当の将棋指しになる》

《続きは『サライ』本誌10月号の特集「将棋界「鬼才」列伝」をご覧ください

『サライ』2017年10月号では「将棋界“鬼才”列伝」と題して、「鬼才」と呼ばれる、阪田三吉、升田幸三、大山康晴の3「名人」の足跡とともに、遺された至言を挙げ、その人物像を詳らかにします。

将棋盤上で繰り広げられた名勝負の逸話を、縁の地や遺品の写真を盛り込みながら誌面で展開。巻頭では、谷川浩司九段に「3名人の思い出」も語っていただきました。サライならではの将棋×人物特集、ぜひご覧ください。

※サライ10月号は下記より試し読みいただけます。
↓↓↓
https://shogakukan.tameshiyo.me/4910142111075

※この記事は『サライ』2017年10月号より一部転載しました(取材・文/矢島裕紀彦、撮影/小林禎弘)

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. もしも将棋に新しい駒が追加されることになったら?【イシグロ妄想研…
  2. 藤井聡太の挑戦状!さあこの詰将棋、解けますか?
  3. サライ5月号|特集は「将棋の宿」と「豪華バスの旅」です。
  4. 大山康晴|昭和の大名人が将棋と出会った意外なきっかけ【将棋界「鬼…
  5. 升田幸三|名人に香車を引いて勝つ!定跡やぶりの破格の棋士【将棋界…
PAGE TOP