岡崎八丁蔵通り

文/萩原さちこ

『三河美やげ』という幕末の書物があります。江戸の役人が、三河地方(現在の愛知県西部)で目にした店の看板や、三河言葉、食べものの物価や風俗などを書き記したものです。

そこに描かれているのが、岡崎の特産品である八丁味噌。八丁味噌は、岡崎城から西へ八丁、つまり870メートルほど離れた八丁村(愛知県岡崎市八帖町)でつくられた味噌であることが名の由来です。現在でも同地には「カクキュー」と「まるや」という2軒の味噌蔵があります。

八帖村一帯は、東海道と矢作川の水運が交わる水陸交通の要所でした。葛飾北斎や歌川広重にも描かれた矢作橋がかかり、そこに設けられた八丁土場という船着き場を活用することで、矢作川地域で収穫される矢作大豆や吉良産の塩などの良質な素材を調達し、製造後の八丁味噌を出荷できました。

豊富な伏流水と湿潤な気候も、味噌づくりに合っていたようです。八丁味噌の特長は、極力水分を少なく仕込み、長期間熟成すること。手間と時間がかかり生産性は低いものの長期保存できるため、戦いのときの兵糧として岡崎藩に加護され、花火や石工とともに岡崎の地場産業として発展していきました。

遡れば戦国時代には、三河兵士の兵糧として珍重されたようです。織田信長が今川義元を破った1560(永禄3)年の桶狭間の戦いでは、徳川軍の“戦陣にぎり”として味噌が兵食になったと伝わります。

2軒の味噌蔵は東海道を挟んで並んでいたため、江戸時代になると東海道を往来する参勤交代の武士や伊勢参りの参拝客の目に触れることになります。これにより八丁味噌の名は知られるようになり、やがて江戸にも出荷されました。

さて、岡崎城へと歩を進めましょう。岡崎城といえば家康が生まれた城として知られますが、家康時代の岡崎城は天守も石垣もなく、現在と比べてかなり小規模でした。

現在の岡崎城の原型をつくったのは、家康の関東移封後に入った豊臣秀吉の家臣・田中吉政です。城を拡張して東・北・西に田中堀と呼ばれる総構の堀を構築。城下町を整備して、東海道を城下に引き入れました。

矢作川の改修工事も吉政によるものですから、八丁味噌が発展したのも吉政のおかげといえるかもしれません。岡崎城に天守がはじめて建てられたのも、この頃だったようです。

1609(慶長14)年には伝馬町ができ、岡崎は東海道有数の宿場町として繁栄しました。吉政に変わって城主になった本多康重は、矢作橋の架設と伝馬制度の設置によって岡崎城内に引き入れられた東海道に対する城の防衛のために、城の東に馬出や白山曲輪などを増築したとされています。

現在、岡崎城は岡崎公園として散策しやすく整備されています。見どころは、古めかしい野面積みの石垣、本丸を覆うダイナミックな空堀。往時の威容を感じながら、のんびり歩くのもいいですね。もちろん、お土産には八丁味噌をどうぞ。

文/萩原さちこ(はぎわら・さちこ)
城郭ライター・編集者。小学2年生で城に魅せられる。青山学院大学卒業後、広告代理店や制作会社を経て独立。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座など行う。おもな著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波書店)、『図説・戦う城の科学』(SBクリエイティブ)、『江戸城の全貌』(さくら舎)など。 東京都生まれ。公益財団法人日本城郭協会学術委員会学術委員。 公式サイト「城メグリスト」http://46meg.com/

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