新着記事

スペリオダウン コンバーチブルジャケット|軽く暖かい高級羽毛を採用。半袖にもなるダウン

クリスマスマーケットの本場ドイツ。画像はボン。

一生に一度は訪れたい! クリスマス市の「屋台グルメ」の食べ歩き方(ドイツ)

シニア層でも利用率の高いSNSアプリはLINEと判明!

【シニアのスマホ利用事情】SNSをしている60代以上の9割は「LINE」

せりのとろろ昆布にぎり

【管理栄養士が教える減塩レシピ】鍋の具材以外でも楽しめる!「せりとあさりのかき揚げ」「せりのとろろ昆布にぎり」

酒燗器 ゆめここち|好みの温度で酒の燗がつけられる美濃焼の酒器

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(1/27~2/2)射手座~魚座編

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(1/27~2/2)獅子座~蠍座編

毎週月曜日更新!「ニャンコ先生の開運星占い」(1/27~2/2)牡羊座~蟹座編

迫力ある場面が展開された第2話の合戦シーン。市街戦が描写されるのは珍しい。

「リアルな戦国」を描写する『麒麟がくる』 やがてくる「本能寺の変」への伏線【麒麟がくる 満喫リポート】

体圧分散マットレス フィベールエアー|好みの面で使い分け。バランスのよい寝姿勢で安眠に誘う

通販別冊『大人の逸品』最新号はこちら

LINE公式アカウントでも記事を配信中

友だち追加

お気軽に友達追加してください

サライ本誌最新号(クリックで試し読み)

ピックアップ記事

  1. 『漆椀 ちょもらんま』(中)に、ごはんが盛られた様子(写真左)。『漆椀 ちょもらんま』(小)では、「讃岐オリーブ牛」と松茸の料理(写真右)が饗された。後方の小皿は、ガラス工芸家・藤田喬平さんの「手吹ヴェニス小皿」。写真提供/日本博事務局
  2. MAZDA CX-30は愛されるためにデザインされたとも言える。
  3. 鴨鍋

>>過去の記事へ

サライの通販

>>過去の記事へ

サライ7月号付録「筋トレチューブ」トレーニング動画公開中!

趣味・教養

稲庭城(秋田県湯沢市)稲庭うどん発祥の地で戦乱の世に思いを馳せる

photo by チャコ/写真AC

文/萩原さちこ(城郭ライター・編集者)

暑い季節になると、つるりとしたうどんを食べたくなりますね。

讃岐うどん、五島うどんと並び、日本三大うどんのひとつに数えられるのが、稲庭うどんです。秋田県湯沢市でつくられている手延べ製法の干しうどんです。

稲庭うどんの醍醐味は、舌触りとのど越しです。手延べ製法によりつくられた麺は気泡があり中空になっているため、なめらかな食感になります。

稲庭うどんの歴史は古く、1665(寛文5)年まで遡ります。栗駒山をのぞむ山々に囲まれる稲庭の地は、澄んだ水と空気に恵まれ、良質な小麦の産地でした。そこで藩主が村人たちに命じてつくらせたのが、はじまりといわれます。

うどんは、江戸時代初期には渡来していたようで、大坂でうどん屋ができはじめたとみられます。西日本で定着したうどんが遠く離れた秋田に伝わった理由は定かではありませんが、三輪素麺の技術が北前船で由利本荘市に伝わり稲庭にたどりついたという説、秋田と仙台を結ぶ街道筋にあるため白石温麺の技術が伝わったという説、秋田藩主・佐竹氏が常陸から秋田へ転封時に持ち込んだという説などがあります。

*  *  *

さて、そんな稲庭うどんの故郷にある城が、秋田県湯沢市稲庭町の稲庭城です。

標高704メートルの大森山の西側尾根、標高約300メートルの場所に築かれた山城で、鎌倉時代初期の築城と伝わり、鎌倉時代から室町時代後期に秋田南部を支配した小野寺氏が本城としました。

天守は存在せず、現在山頂に建っている天守は昭和に入って建てられたものです。しかし、最上階からの眺望はなかなか見事。稲庭城を囲む三又城、三梨城、川連城などの支城が見渡せ、絶大な勢力を誇った小野寺氏の支配力を感じ取ることができます。

秀吉の台頭により勢力を弱め、最上義光に総攻撃を受け、関ヶ原合戦後には領地を没収されてしまった小野寺氏。戦乱の世の移り変わりに思いを馳せられる城です。

ちなみに稲庭城は、全国的にも珍しいスロープカーで登る城です。もちろん、歩いても登れますので、体力と脚力に合わせて、お好きなほうでどうぞ。立派な大手口のほか、二の丸の南側にある本丸も見ごたえがあります。

【稲庭城】
■所在地/秋田県湯沢市稲庭町字古舘前平50
■開館期間/4月中旬~11月上旬
■休館日/火曜(火曜日が祝日にあたる場合はその直後の平日営業日)
■開館時間/午前9時30分~午後4時30分
http://www.city-yuzawa.jp/midokoro03/731.html

文/萩原さちこ(はぎわら・さちこ)
城郭ライター・編集者。小学2年生で城に魅せられる。青山学院大学卒業後、広告代理店や制作会社を経て独立。執筆業を中心に、メディア・イベント出演、講演、講座など行う。おもな著書に『わくわく城めぐり』(山と渓谷社)、『日本100名城めぐりの旅』(学研プラス)、『お城へ行こう!』(岩波書店)、『図説・戦う城の科学』(SBクリエイティブ)、『江戸城の全貌』(さくら舎)など。 東京都生まれ。公益財団法人日本城郭協会学術委員会学術委員。 公式サイトは「城メグリスト」http://46meg.com/

【関連記事】
※ 秀吉の鳥取城攻めでは餓死者が続出!戦国時代の残酷な「城攻め」あれこれ
江戸城に「天守」がないのは何故?再建に「待った」がかかった驚きの理由とは
※ 「おんな城主 直虎」で話題!井伊家の名城・彦根城にまつわる5つのトリビア
なんと3倍の兵に大勝!毛利元就が飛躍した「郡山合戦」舞台の吉田郡山城
「信玄は城を築かなかった」はウソ!武田信玄が城に仕掛けた難攻不落の工夫とは
発案者は意外な人物!難攻不落の「秀吉の大坂城」落とした家康の作戦
※  おいどんは清正公に負けた…西郷どんも実感した「熊本城」最強の理由とは
埋蔵金伝説も!一夜にして埋没した幻の城「帰雲城」跡を訪ねてみた
※ 北の名城「盛岡城」に東北屈指の壮大な石垣が築かれた理由とは

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で

関連記事

  1. 江戸城・松の大廊下跡 「吉良上野介」は悪人だったのか~「忠臣蔵」敵役の真実【にっぽん歴…
  2. 足利尊氏像 「観応の擾乱」(かんのうのじょうらん)とは何か~足利尊氏・直義兄…
  3. 仙石秀久の時代に築かれた小諸城大手門(国重要文化財) 大失態を犯し追放されたが、再び秀吉の信頼を得て乱世を生き抜いた男…
  4. 楠木正成像 楠木正成~「忠臣」か「悪党」か【にっぽん歴史夜話21】
  5. 肱(ひじ)川を天然の水堀として築かれた大洲城。四重四階の天守は、平成16年(2004)に再建された 「賤ヶ岳七本槍」から豊臣水軍の中心人物へ|三英傑に仕え「全国転勤…
PAGE TOP