文/堀口茉純(お江戸ル、歴史作家)

時代劇の“名悪役”と言えば?と聞かれて、まず思い浮かぶのは、映画『十三人の刺客』の松平斉韶(まつだいら・なりつぐ)だ。

1963年に公開されたオリジナル版(工藤栄一監督)では、菅貫太郎さんが「これぞ時代劇の悪役!」という典型的な憎まれ役に徹して演じたことで、最後に悪が滅ぶ勧善懲悪のカタルシスを存分に味あわせてくれた。

しかし、実は2010年公開のリメイク版(三池崇史監督)で元SMAPの稲垣吾郎さんが演じた斉韶が、とにかくスゴい!

返り血を浴びながら表情を変えず人を斬り殺す冷酷無慈悲な殿さま、という異常なキャラクターをリアルに表現しつつ、クライマックスでは権力者の孤独や哀れさを見事に表現した。そんな稲垣さんの斉韶は、まさに時代劇史上に残る屈指の“名悪役”だったと思う。

*  *  *

ちなみに松平斉韶は、明石藩7代目藩主として実在した人物だが、本作のように将軍の異母弟という権威をかさに傍若無人な振る舞いをしていたという事実はない。ただ、彼の後継ぎとなった養子の松平斉宜(まつだいら・なりこと)は、11代将軍・徳川家斉の末っ子という出自である。

実は、映画の松平斉韶役の真のモデルは、この斉宜のほうなのだ。

斉宜には、参勤交代の道中の尾張藩領内で行列を横切った三歳の子供を斬り捨て御免にしたという伝承がある。これに尾張藩が激怒して明石藩の領内通行を禁止したとも、斉宜が斬り捨てられた子供の父親に鉄砲で撃ち殺されたとも伝わっており、いずれにせよ斉宜の“斬り捨て御免”がかなり反感を買う行為だった事をうかがわせる。

『東海道五十三次 日本橋朝の景』お馴染みの浮世絵に描かれた大名行列とそれを通過するのを立ったまま見送る庶民の姿が。将軍や御三家の行列以外には土下座の義務はありませんでした。

『十三人の刺客』に限らず時代劇を見ていると、武士は気に入らないことがあれば斬り捨て御免でバサバサ人を殺しても許されていた、というイメージを受けるかもしれないが、実際はそうではなかった。斬り捨て御免は、武士が“耐え難い無礼を働かれた時に”相手を斬り殺しても構わない、という武士の特権であるが、その権利を行使するためには厳格なルールが存在していたのだ。

人を斬ったらすみやかに役所に届け出て、20日間の自宅謹慎が義務づけられる。また本当に無礼を働かれた上での正当防衛だったのかを立証するための証人が必要で、これが立証されない場合は逆に斬り捨てた本人が処罰を受けることになっていた。

仮に切り捨てた側が大名なら、責任能力なしとみなされて御家断絶になることもありうる。つまり斬り捨て御免の権利は存在するが、それなりのリスクを伴う為、矢鱈に行使できたわけではないのだ。

またもし仮に、実際に『十三人の刺客』で描かれた松平斉韶のような殿さまがいたら……きっと幕府や家臣によって、強制的に隠居させられていただろう。江戸時代は、武士の“コンプライアンス”によって平和が保たれていた時代でもあったのだ。

DVD 『十三人の刺客』通常版、販売元/東宝、品番/TDV-21077D、価格3,990円+税

文/堀口茉純(ほーりー)
東京都足立区生まれ。明治大学在学中に文学座付属演劇研究所で演技の勉強を始め、卒業後、女優として舞台やテレビドラマに多数出演。一方、2008年に江戸文化歴史検定一級を最年少で取得すると、「江戸に詳しすぎるタレント=お江戸ル」として注目を集め、執筆、イベント、講演活動にも精力的に取り組む。著書に『TOKUGAWA15』(草思社)、『UKIYOE17』(中経出版)、『EDO-100』(小学館)、『新選組グラフィティ1834‐1868』(実業之日本社)、『江戸はスゴイ』世界一幸せな人びとの浮世ぐらし(PHP新書)がある。

 

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