文・絵/牧野良幸

クラシック業界は日々様変わりしている。今やオーケストラが自主レーベルを運営する時代になった。その流れは拡大する一方で、人気実力とも世界一のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団もベルリン・フィル・レコーディングスを運営しているほどだ。

しかしさすがベルリン・フィルである。昨年末にオーディオ小僧をビックリさせるアナログ・レコードを発売した。LP6枚組の『ブラームス交響曲全集』である。これがなんとダイレクトカッティングによるレコードなのだ。

『ブラームス:交響曲全集』

ダイレクトカッティングとは、マイクを直接カッティングマシンにつなぎ、演奏と同時にラッカー盤に刻んでいく方法である。一発勝負だ。やり直しも修正もできない。ミスをしたらそのままレコード盤に刻み込まれてしまう。ましてライヴとなれば会場のノイズを拾う恐れがある。

通常はリスクを回避するため、テープなりハードディスクに録音し、じっくり編集したものをカッティングするのであるが、ラトルとベルリン・フィルはこの暴挙?に挑戦したのであった。ベルリン・フィルにとっては70年振りのダイレクト・カット録音だという。

ラトルやベルリン・フィルの団員たち、エンジニアの緊張感は並々ならぬものであっただろう。そのおかげでオーディオ・ファイルにとっては、“究極のレコード”ができ上がった。

全世界限定1833セットのうち日本に割当られたのは500セット。LP6枚が税込で9万円台という価格にもかかわらず、すぐに完売したという。予約ではみんな「買えないよ〜」と苦笑いしていたのに、蓋を開けてみたら欲しい人が多かったわけだ。

僭越ながらオーディオ小僧も入手した。レコードは当然重量盤だ。前回のエッセイで「厚みを“長さ”で感じることができる重量盤がある」と書いたが、実はこれがそのレコードだったのである。

聴いてみて驚いたのは弦楽器の迫力である。最新録音では一般的に広がりのあるシルキーサウンドになるところ、このレコードではベルリン・フィルが目の前で弾いているかのよう。往年のDECCA録音のようなゴリゴリ感だ。

一方で管楽器ではホールの深い響きまで感じられ優雅である。ひと組みのステレオマイクだけでダイレクトカッティング録音をしたから、こういったワイルドと優雅さの共存するバランスになったのであろうか。いずれにしても聴き慣れたベルリン・フィルのレコードとは別格の味わいがある。観客の咳も演奏を阻害するほどのものはなく、むしろ少な目だ。

このレコードはオーディオ小僧には身分不相応かもしれない。実際レコードをヒックリ返す時など手が震えてしまうし、再生中は正座して聴きたいくらいだ。このようなとんでもないレコードに出会えるのが、今日のアナログ趣味の面白さと言える。

文・絵/牧野良幸
1958年 愛知県岡崎市生まれ。イラストレーター、版画家。音楽や映画のイラストエッセイも手がける。著書に『僕の音盤青春記』『オーディオ小僧のいい音おかわり』(音楽出版社)などがある。ホームページ http://mackie.jp

『オーディオ小僧のいい音おかわり』
(牧野良幸著、本体1,852円 + 税、音楽出版社)
https://www.cdjournal.com/Company/products/mook.php?mno=20160929

 

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