今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。

【今日のことば】
「人を観よ。金時計を観るなかれ。洋服を観るなかれ。泥棒は我々より立派に出で立つものなり」
--夏目漱石

人間というのは、とかく、相手を外見の印象で判断しがちなものだ。高級腕時計をしていたり、ブランドものの高価な衣類を身につけていたりすると、それだけで相手の人間性までが高いもののように誤解してしまったりする。

身だしなみは、もちろん大切だろう。夏目漱石自身も、なかなかお洒落な人だった。ロンドンでも、昼食代わりにビスケットをかじるなどして倹約し、書籍を大量に購入する一方で、本場の洋服店でフロックコートをつくっている。また、残された遺品(神奈川県立神奈川近代文学館所蔵)には、藍絞り染めの長襦袢もあり、見えないところにまで気配りをしていた江戸っ子らしい粋やこだわりも感じられる。

それでも、「身なりだけで他者を判断してはいけない。もっときちんとその人の人物を見なさい」と、漱石は私たちに訓戒を与えてくれているのである。

愛媛県尋常中学(松山中学)の生徒会誌『保恵会雑誌』に掲載された『愚見数則』よりのことば。

パリの地下鉄で、よく日本人などの観光客を狙う少年少女のスリ集団がいる。以前は外見的にも怪しげだったのが、最近は警戒心を抱かれないよう身なりを整えていると聞く。思わぬところで、漱石のことばが注意喚起として甦ってくる一例だろうか。

文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。

 

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