今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「汝の現今に播く種は、やがて汝の収むべき未来となって現わるべし」
--夏目漱石
夏目漱石が、明治34年(1901)3月21日の日記の中に書いたことばである。いま現在に積み重ねている努力は、すぐさま成果が出なくても、将来きっと実を結ぶ。来るべき明日のためにきちんと種を播いていこう。漱石は、私たちにそう語りかけているのである。
逆にいえば、その場しのぎに目先の損得感情だけにとらわれたり、今やるべきことを怠ったりして、悪い種をまき散らしていると、そのツケは必ず回ってくるよ、という忠告ともとれる。
この日記のことばを書いたとき、漱石はロンドン留学中だった。文部省から漱石に出された辞令には「英語研究のため」とあったが、余りに狭い課題設定に戸惑った漱石はわざわざ文部省を訪ね、「英文学の研究ではいけないのか」と問い合わせている。
そしてさらに、留学先で勉強を重ねるうち、化学者の池田菊苗との出会いにも刺激され、「そもそも文学とは何なのか」「人類と世界はどう関係し、どうしたら調和を保てるのか」といった大きなテーマに取り組んでいくことになる。
そうして撒いた種が、その後の漱石の、文学者としての、さらには人間としての大きさにつながっていったことは間違いない。
ことは個人的な問題だけにとどまらない。視点を社会全体に広げれば、待機児童ゼロを目指す保育園の整備や、若い世代のための給付型奨学金の充実なども、「未来のために播く種」と言えるのではないだろうか。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。