文/矢島裕紀彦
今年2017年は明治の文豪・夏目漱石の生誕150 年。漱石やその周辺、近代日本の出発点となる明治という時代を呼吸した人びとのことばを、一日一語、紹介していきます。
【今日のことば】
「悟りの遅速は全く人の性質で、それだけでは優劣にはなりません。入りやすくても後で塞(つか)えて動かない人もありますし、また初め長く掛かっても、いよいよという場合に非常に痛快にできるのもあります」
--夏目漱石
小説『門』よりの言葉。このあとさらに、「決して失望なさることはございません。ただ熱心が大切です」とつづく。
人間、ともすると、要領よく、飲み込みの早いことばかりをよしとしがちだが、そうとばかりは言えない。不器用で飲み込みが悪いから、却って物事と辛抱強く丹念に向き合い、のちのち大成する例も少なくない。
103 歳で没した画家の片岡球子も、若い頃は「絵が下手だ」とか「ゲテモノ」だとか言われていたが、描き続けることでそこを突き抜けた。「面構」や「富士山」のシリーズなどは、比類ない境地に達している。すぐに諦めたり投げ出したりせず、熱意と根気で継続することを、漱石も勧めるのである。
早々に結果が出ずともあせることはない。大器晩成という言葉もある。嘘か真か、かの坂本龍馬も、幼少時は弱虫で寝小便癖まであったというではないか。
文/矢島裕紀彦
1957年東京生まれ。ノンフィクション作家。文学、スポーツなど様々のジャンルで人間の足跡を追う。著書に『心を癒す漱石の手紙』(小学館文庫)『漱石「こころ」の言葉』(文春新書)『文士の逸品』(文藝春秋)『ウイスキー粋人列伝』(文春新書)『夏目漱石 100の言葉』(監修/宝島社)などがある。2016年には、『サライ.jp』で夏目漱石の日々の事跡を描く「日めくり漱石」を年間連載した。