文/池上信次
アルバム・ジャケットは「ジャケ買い」という言葉に象徴されるように、その印象は音楽の印象を左右するほど重要なものです。もちろんひとつひとつは独立したものですが、長い時間と膨大な作品がありますので、このデザインならこんな音楽といったような、なにかしらの傾向は見て取れるものです。でも中には判断不可能なものもありますよね。このジャケットはどんな音楽だと思いますか?
これは「チック・コリア・カルテット」のアルバム。サックスのボブ・バーグをフィーチャーしたアルバムです。チック・コリアのサックス入りカルテット編成の作品は、ジョー・ファレルとの『フレンズ』、マイケル・ブレッカーとの『スリー・カルテッツ』という名盤がありますが、それに連なるのがこの『タイム・ワープ』です。前2作と肩を並べる、これもまた素晴らしいカルテット演奏なのですが、このアルバム・ジャケットからはそんなことはまったく想像ができません。そもそもまるでジャズっぽくないですよね? なぜジャケットが宇宙人(?)なのかというと、このアルバムは「チックが書いたファンタジーのための楽曲集」という、いわゆるコンセプト・アルバムだから。これはそこに登場するキャラクターなのです。チックのコンセプト・アルバムは、「不思議の国のアリス」に着想を得たフュージョン・アルバム『ザ・マッド・ハッター』がよく知られていますね(第100回参照(https://serai.jp/hobby/1022537))。つまりこのアルバムは、それまで「別もの」として作ってきたストレート・ジャズ・アルバムとコンセプト・アルバムを初めて合体させた作品なのです。
そしてメンバーのゲイリー・ノヴァクは「チック・コリア・エレクトリック・バンド(以下EKB)」のメンバー、ジョン・パティトゥッチはEKBと「チック・コリア・アコースティック・バンド(以下AKB)」の両方のメンバーですから、EKBとAKBの合体でもあるという、当時チックがやっていたことを「全部のせ」たバンドなのです。その上に、映像作品まで作っていたのですから、このカルテットにはたいへん力を入れていたんですね。
ここからが本題。その映像作品とは、チック・コリア・カルテット名義の『タイム・ワープ〜ワン・ワールド・オーヴァー』。ジャケットを見るとCD同様アニメ作品のようですがもちろんそんなことはなく、中身はカルテットのスタジオ・ライヴとチックのインタヴューで構成されています。収録曲は全7曲ですが、CD『タイム・ワープ』からはわずか3曲。タイトルから想像される「CDの映像版別テイク集」ではなかったのでした。これは当時のチックの「全部のせ」に、さらに「新メニュー」が追加されていたのです。
新メニューは、ショパン風のメロディ(本人インタヴューによる)で書かれたこのカルテットのためのオリジナル「ニュー・ワルツ」。そして弦楽四重奏とチックの共演による新録「ラウンド・ミッドナイト」と、同じく弦楽四重奏との共演「デイ・ダンス」の再演(オリジナルは1976年録音『マイ・スパニッシュ・ハート』に収録)。そしてチェット・ベイカーの演奏で知られるスタンダード「ザット・オールド・フィーリング」(チックはチェットのファンで、この曲が好きだとインタヴューで話しています)の、凝りに凝ったアレンジの演奏も収録されています。
(なお、カルテットはこの映像作品発表後の1996年に発表されたCD5枚組のオムニバス『チック・コリアBOX/チック・コリアの音楽〜ミュージック・フォーエヴァー&ビヨンド』(GRP)に、「ザット・オールド・フィーリング」を含む、まるごとCD1枚分のスタンダード・ジャズの新録音源を残しています。)
アニメ風のジャケットとタイトルからは想像しにくいですが、この映像作品はCDでは聴けない、1995年現在のチックの集大成アルバムだったのでした。チック・ファンとしては(見)聴き逃せない内容だけに、失礼ながら「どうしてこのジャケなの?」といまだに残念であります。いや、このジャケに象徴される「物語性」こそ、チックが大切にしていたことであると読み取るべきなのか。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。