プロモーション盤の続きです。今回紹介するのは、チック・コリアの『アン・インタヴュー・ウィズ・チック』(GRP)。このプロモーション盤は30センチLPレコードです。内容はタイトルどおり、チック・コリアのインタヴューが収録されています。ミュージシャン自身がSNSやYouTubeで情報発信することが当たり前となった今日では、インタヴューのレコードなど、想像すら難しいことかもしれません。
チック・コリアは1985年に、「チック・コリア・エレクトリック・バンド」を結成しました。そして1987年に2枚目のアルバム『ライト・イヤーズ』(GRP)を発表したとき、このレコードは作られました。「エレクトリック・バンド」はこのアルバムからメンバーを増員し、人気を確たるものとして、80年代を代表するフュージョン・グループになりました。
裏ジャケットには質問が記載され、チックとバンド・メンバーによる、その答えの「しゃべり」が、細かくトラック分けされて収録されています。質問は、エレクトリック・バンド結成の経緯から始まり、バンドのコンセプト、メンバーの紹介や曲についてのコメントなど、ごく一般的なもの。番組パーソナリティが、「ハーイ! チック」と呼びかけ、質問を読み上げ、このレコードをかければインタヴュー番組の一丁あがりという次第です。つまりこれはラジオ放送の「素材集」なのです。おそらく、レコ発記念の全米ツアーも行なっていたと思いますので、そのツアー地のローカル局がこれを使って、「チック・コリア来る!」のインタヴュー特番を作っていたのでしょう。
いちばん長いトラックは、ドラマーのデイヴ・ウェックルへの「音楽的バックグラウンドと、バンド参加の経緯は?」という質問に対する3分50秒の返答で、いちばん短いトラックは「チックス・レスポンス」のわずか1秒。「レスポンス」の1秒トラックはいくつかあるのですが、なかでも面白いのが「グループ・レスポンス」というトラック。バンド全員で「ハーイ!」というだけのもの。短いとはいえ、これらのあるなしで雰囲気は大きく変わるでしょうから、じつはこの1秒こそがもっとも重要といえるでしょう。
興味深いのは、バンド・メンバーの名前の「読み方」が記されていること。たとえば、ベースのジョン・パティトゥッチ(John Patitucci)には「Pat-eh-too-chee」、サックスのエリック・マリエンサル(Eric Marienthal)は「Mare-ee-an-thawl」という具合。彼らは当時まだまだ新人だっただけに、ラジオにおいてはこれはとても大切なことだったのです。日本では(活字情報だけで入ってきたからか)当時から「パティトゥッチ」ですが、ほんとうは「パティートゥーチー」とすべきだったのかも。
わざわざLPレコードをプレスして作っていたのですから、製造枚数は少なくなかったはず。つまりチックたちのこの「分身」は、全米のあちらこちらでかなりの数のインタヴューをこなしていたんですね。
ところで、当時すでにCDの時代に入っていたにもかかわらず、なぜこれは「レコード」で作られたのか。放送局では、まだまだレコードが中心だったというのがいちばんの理由だと思いますが、それ以上に、切り貼り編集でラジオ番組を作るには、当時はこれがもっとも優れた方法だったからではないでしょうか。レコードは、高音質かつ目視しながらサクサクとランダム・アクセスができるという、優れた「高機能」メディアだったのです。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。