取材・文/糸井賢一(いといけんいち)
ただの乗り物なのに、不思議と人の心を魅了する自動車とオートバイ。ここでは自動車やオートバイを溺愛することでオーナーさんの歩んだ、彩りある軌跡をご紹介します。
トヨタの2代目『エスティマ』を愛車とし、3人のお子さんを養うため、業務に励む長岡巽さん(仮名:55歳)。多忙ながら充実した日々の裏では、ひっそりと綻びが生じていました……。
会社に失望し、家族も失う……。挫折とどん底を味わった40代
大手輸送会社の総務として日々、業務に勤しむ巽さん。自家用のエスティマで移動する距離は日に40~50キロもあり、年齢を重ねる毎に身体への負担は無視できないものになります。効率を最重視する企業の方針に疑問を感じつつも「仕事とはそういうもの」と割り切り、家族のために激務をこなしていました。
巽さんが45歳を迎えた年。ついに重ね続けた無理が歪みとなり、巽さんを襲います。職場で発生した社員の死亡事故。巽さんは総務に属しており、会社の対応を知ることのできる立場にありました。そしてあまりに良識を欠いた対応を目の辺りにし、これまで必死に繋ぎ止めていた組織に尽くす心を失ってしまいます。体調を崩したこともあり、程なくして会社に退職届けを提出。また家庭内でも奥さんとの関係がおかしなものとなり、話し合いも平行線を辿る一方。ついには離婚に至ります。
「子供は全員、元妻に引き取られたので、きれいさっぱり一人きり。あの頃は人生のどん底でした。それまで住んでいた家を売り払って引っ越し、エスティマも一人で乗るには大きすぎるので手放しました」
引っ越し後、求人のあったタクシー会社へと転がり込むように再就職。通勤用のクルマが必要だったため、交際の続いていた旧友からトヨタの初代『ビッツ』を譲り受けます。
失意からの回復。ロードスターを所有し、自身が楽しむためのカーライフを取り戻す
離婚と再就職から3年。かつて仲違いをしたお父様との関係も幾分か改善し、巽さんはご実家に戻ります。気持ちが落ち着き、自分が楽しむためのクルマが欲しくなったため、ビッツからマツダの2代目『ロードスター(NB型)』に乗り替えました。
「ビッツを譲ってくれた旧友は、クルマの修理工場に勤めています。ロードスターは彼に頼み、中古オークションで仕入れてもらいました。本当はNA型(初代ロードスター)が欲しかったのですが、既に程度の良い個体は価格が高騰していたので、手の届くNB型を選びました」
以前より欲しくて購入したロードスター。ワクワクしながら実車と対面を果たしますが、ボディ全体が頑固な水垢で覆い尽くされており、手頃な価格の意味を思い知らされたそうです。巽さんは仕事の合間を見て水垢落としに励み、2か月かけてピカピカに磨き上げます。
「ボディは綺麗にできたのですが、幌には悩まされました。最初の幌はすぐに破れ、ネットオークションで購入した幌も、またすぐに破れてしまう。しょうがないので破れた箇所は応急処置を施し、だましだまし乗っていました。それでも雨漏りの苦労なんか吹き飛ぶくらい、ロードスターは軽快で楽しいクルマでした」
ロードスターをたいそう気に入った巽さんですが、購入から1年半後にミッションのトラブルが発生。高額な修理見積もりに加え、全体的にヤレ(劣化)も進行していたため手放すことを決めます。
【アルファロメオから始まった輸入車ライフ。次ページに続きます】