文/砂原浩太朗(小説家)

大阪城天守

徳川慶喜とは何者だったのか(前編) はこちら

禁門の変で活躍

将軍後見職に就いた慶喜は、おなじく政事総裁職に就任した松平春嶽(慶永)とともに幕政改革へ着手する。幕末史に興味のある方は、将軍後見職といえば慶喜というイメージが強いかもしれないが、この役は彼のために新設されたわけではなく、やはり御三卿のひとつ田安家の当主が前任者だった。

この時期、慶喜たちが手がけた政策はいくつかあるが、もっとも重要なのは参勤交代の緩和だろう。それまで1年ずつ江戸と国元で暮らすよう決められていたものを、3年に一度、3か月の在府で可とした。そのうえ、妻子も領国で暮らしてよいと定めている。実質的には制度の廃止であり、諸大名を海防に専念させる意図があったという。

1863(文久3)年1月、慶喜は将軍家茂の上洛に先がけ京へのぼる。彼が都の土を踏んだのは、これが最初である。この年11月に再度上洛したあとは、鳥羽伏見の戦い(後述)後、江戸へもどるまでこの地で暮らすこととなった。翌1864(元治元)年には禁裏御守衛総督に任じられる。御所をはじめとする京畿の防備をになうポストであり、京都守護職の会津藩、京都所司代の桑名藩(ともに親藩)とあわせ、一橋の「一」を取って「一会桑」(いっかいそう)と称せられた。

同年7月には、御所に押し寄せた長州(山口県)藩兵と激突、しりぞけることに成功する。これが禁門の変であり、慶喜が指揮した唯一の実戦となった。このとき、長州派の公家が帝を御所から連れ出そうとするのに気づき、参内してみずから阻止したという。まさに英主と評判どおりの活躍といえるだろう。

ついに将軍となる

禁門の変で朝敵となった長州藩へは二度にわたる討伐戦がもよおされたが、そのさなか、将軍家茂が21歳の若さで病没してしまう(1866年)。老中から将軍への就任を要請された慶喜だが、かたくなに拒み、徳川宗家の相続のみ受けるという異例の事態となった。結局は孝明天皇(在位1846~66)の命により将軍就任を承諾するのだが、この空位時代は4か月以上におよんだ。

慶喜が将軍位に就こうとしなかった意図は、さまざまな憶測を呼んでいる。彼の家臣だった渋沢栄一(第40回参照)が編纂した「徳川慶喜公伝」によると、慶喜はこのときすでに幕府を廃し王政の復古を願っていたという。が、これは維新における彼の功績を顕彰せんとする解釈だろう。いっぽう昔から有力なのは、固辞をつづけたのち諸侯に推され就任するというかたちを取って、みずからの権威を高めんとしたという説。あるいは、たんに火中の栗をひろいたくなかったという見方も成り立つだろう。いずれにせよ、ここでも慶喜という男は容易に本心を覗かせようとはしない。

大政奉還

慶喜に将軍就任を命じた孝明天皇は熱烈な攘夷派だったが、幕府を打倒する意志はなかった。が、1866(慶応2)年12月、慶喜が征夷大将軍となった直後にこの帝が崩御したことから、事態は急速に動きはじめる。討幕へ転じた薩摩はすでに長州と同盟をむすんでおり、朝廷を抱き込み挙兵をもくろんだ。慶喜は土佐藩執政・後藤象二郎の建白を容れ、政治の大権を朝廷に返上するよう申し出る。名高い大政奉還だが、これは武力討幕の名分を封じるとともに、実際の政務に疎い朝廷へかわり、引きつづき実権をたもつ腹づもりであったという。じっさい、すすんで政権を返上した慶喜への評価は高まり、新政府の要職に就くのも当然という空気さえ広まった。薩摩藩士・西郷吉之助(隆盛)をはじめとする討幕派は先手を打たれた形である。

だが、ことは慶喜の目論見どおりに運ばなかった。彼の政治手法は貴公子らしく洗練されたものだが、そのあざやかさに恐れ入り矛をおさめるには、よくもわるくも討幕派は猛々しすぎたというべきだろう。薩摩を中心とする新政府方は江戸で挑発を繰りかえしたのち、翌1868(慶応4=明治元)年正月早々、旧幕府軍とのあいだに兵端を開く。いわゆる鳥羽伏見の戦いだが、これが幕府方の敗北におわった直後、慶喜は前代未聞の挙に出た。大坂城にいた彼は、なんと老中などごく一部の者だけをつれ、江戸へ逃走してしまったのである。

【絶対恭順をつらぬく。次ページに続きます】

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