文/砂原浩太朗(小説家)

西郷隆盛とその一族~弟たち、子どもたち~

英雄・偉人と呼ばれる人々も、家族にはちがった顔を見せていることだろう。筆者はさきに「西郷隆盛と3人の妻たち」と題する一文で、女性たちの視点から西郷の人生を振りかえった。本稿では、引きつづき弟や子どもといった、ごく身近な血縁者との関わりを通して、維新の中心人物ともいえる西郷隆盛にこれまでと異なる光をあててみたい。彼には5人の子と弟妹それぞれ3人がいるが、ここではそのうち弟たちと子ども2人を紹介する。

血気盛んな三男・従道

西郷は文政10(1827)年、薩摩藩の下級藩士・西郷吉兵衛の子として鹿児島城下に生まれた。四男三女の長男である。隆盛という名は維新後に用いたものだが、本稿ではこれに統一する。

弟たちのうち、もっとも知られているのは、のちに元帥となる三男の従道(つぐみち。1843~1902)だろう。16歳年下だから、隆盛3番目の妻・糸と同年である。実家の貧しさゆえだろうが、最初は出家し、茶坊主として城に出仕した。このとき覚えた生け花がひそかな特技だったという。

文久元(1861)年、還俗して信吾と名のる。活発な気性で、どちらかというと学問は苦手だったようだから、茶坊主のようなおとなしい勤めは性に合わなかったのかもしれない。さっそく志士として活動をはじめるが、はやくも翌年には、尊皇攘夷派の薩摩藩士が鎮圧された寺田屋事件に連座、謹慎を命じられてしまう。しかもこの年には、長兄・隆盛も沖永良部へ遠島に処されているのだ。これは、2番目の妻・愛加那と結ばれた奄美大島への政治的潜伏とはことなり、藩主の父・島津久光の怒りを買ったための流罪である。家禄まで没収されてしまったというから、まさに西郷家存亡の危機と言うほかない。

誠実なる次男・吉二郎

この間、兄や弟の不在に耐え、家を守り抜いたのが次男の吉二郎である。隆盛より6歳下の弟だが、二才頭(にせがしら。若者たちの指導役)として人望のある青年だった。指導したなかには、のち日露戦争の折、日本海海戦(1905)でロシアのバルチック艦隊を破ることになる東郷平八郎(1847~1934)がいたという。隆盛もことのほか吉二郎を頼みにしていたようで、「年齢からいえば弟だが、吉二郎の方こそ兄と言うべきだ」という発言が残っている。志士として目立った活動をした痕跡はないが、縁の下の力持ちを地で行く、誠実な人柄だったのだろう。

薩英戦争(1863)を機に信吾、隆盛と相次いで赦免され、西郷家はようやく一息つくこととなる。隆盛は討幕派の中心的存在となり、江戸開城を果たしたのち、新政府軍の参謀として、幕府方の東北諸藩を相手とした戦役に従軍する(戊辰戦争)。吉二郎もこのいくさに参加していたが、越後(新潟県)での戦闘で腰に銃弾を受け、手当およばず落命してしまう。隆盛の嘆きは深く、軍議にさえ出られないほどだった。

ちなみに、戊辰戦争の前哨戦ともいうべき鳥羽伏見の戦いでは、三男の信吾(従道)がなんと首に銃創を負いながらも、一命を取りとめている。信吾が強運なのか吉二郎が不運なのか分からないが、運命の不公平というものを痛感するのは、このような時である。

西南戦争~末弟・小兵衛の死~

明治政府で陸軍大将の重職についた西郷だが、朝鮮への対応をめぐって盟友・大久保利通らと対立、明治6(1873)年、官を辞して鹿児島へ帰郷する。従道は兄とわかれ政府に残ったが、兄弟の仲が断絶したわけではなかった。このことについては後述する。

郷里で私学校開設や台地の開墾といった活動をおこなっていた隆盛だが、明治10(1877)年2月、不平士族に担がれるかたちで挙兵、政府へ叛旗をひるがえす。これが西南戦争である。

従道は政府方として出陣したが、四男の小兵衛は西郷軍に身を投じた。隆盛よりちょうど20歳年下であり、6歳の時に相次いで両親を亡くしているから、なかば父のような気もちで長兄を仰ぎ見ていたのではないだろうか。戊辰戦争では功があり政府から恩賞を受けているが、弁舌も巧みで、議論をして負けることがなかった。西南戦争に際しては、できるだけ政府との対決を避けようとしたのだろう、交渉を主張したものの事はならず、開戦にいたる。小兵衛は熊本城攻撃に参加したが、その北方・高瀬で戦死してしまう。享年31歳、挙兵からわずか10日ほど後のことでもあり、西郷の悲嘆は容易に想像できる。

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