今回からしばらくは日本での「ジャズマン人気投票」の歴史を見ていきます。ここで紹介するのは、『スイングジャーナル』誌(1947年創刊、2010年休刊)の人気投票で、1960年の第1回以降、毎年発表されていたものです。まずは1979年の第20回までの20年間を見ていきます(長期間継続して人気投票のデータがあるのはこの雑誌だけで、また80年以降は他のジャズ専門誌が創刊されるなどして、読者層に変化があると思われますので)。
人気投票は時代の反映ですので、変化があるからこそ面白いのですが、なんと調べて驚きました。同一ジャズマンが20年連続1位という、 変化のない部門がいくつもあるのでした 。ひとつは、トロンボーン部門のJ・J・ジョンソン。そしてもうひとつはバリトン・サックス部門のジェリー・マリガン。安定の人気というべきか、それとも層の薄さの象徴なのでしょうか。また、66年に新設された「オルガン」部門(それ以前オルガンは「その他の楽器」部門)も第1位のポジションは最初からずっとジミー・スミスでした。
そして、第1位の常連がもうひとり。トランペット部門のマイルス・デイヴィスです。1960年には、編成としてはオーソドックスなモダン・ジャズ・コンボでの活動でしたが、60年代末にはエレクトリック楽器を導入。70年代にはロック・バンドといっていいくらいに別人のように変貌し、つねにジャズ界に刺激を与え続けました。ですからマリガンらと同じく20年間第1位キープといっても、その意味はかなり異なるといえるでしょう。
マリガンが、たとえばエレクトリック・サウンドを試みたとすれば、その順位はきっと変わったことでしょう。マリガン人気は「不変のスタイル」であることが大きな要因と見ることができます。では、マイルスが60年代初頭の『カインド・オブ・ブルー』のままだったらどうでしょう。これも順位はおそらく変わってしまったのではないでしょうか。でも、それはあなたの好き嫌いや思い込みでは?というご意見はまったくそのとおり。人気投票は音楽に対しての評価でもありますが、この人はこうあってほしいという「期待」の結果ともいえるでしょう。ファンとは元来まったく勝手なもの、なのですね。
きっとそういうことなのか、人気投票で長い歴史のあるアメリカの『ダウンビート』誌では、1953年から「人気投票」とは別に「批評家投票」を発表しています。こちらは期待度や好き嫌いとは別の、「音楽」を軸にした評価ですから人気投票とは結果は異なってきます(とはいえ1960年度は、読者、批評家ともにマリガン、J・J・ジョンソン、マイルスが1位なのですが……)。そう考えると、それらのさまざまな要因を踏まえた上で、ジャズ鑑賞、ジャズ談義を「楽しむためのネタ」にするのが人気投票の正しい読み方なのではないでしょうか。
文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。