今回のテーマは「人気投票」。アメリカでは1950年代を中心に多くの雑誌でジャズマンの「Reader’s Poll(読者投票)」が行われてきました。開催は年1回、楽器ごとの順位と得票数が公開されるのが一般的です。「人気」はジャズ(音楽)には関係ないという硬派ジャズ・ファンもいそうですが、掘り下げていくところにも「ジャズの真実」があるのです。

まず、よく知られるのはジャズ専門誌『ダウンビート』(1934年創刊)の人気投票。これは 1936年に第1回を発表しており、現在も継続しています。2020年には85回目となり、10月下旬に発表されます。総合音楽誌の『メトロノーム』(1881年創刊、1961年廃刊)はそれ以前からミュージシャンの人気投票を行なっており、1939年から廃刊の61年までに、上位ジャズ・ミュージシャンからなる「メトロノーム・オールスターズ」の録音が何度も行われました。男性向け雑誌の『プレイボーイ』は、53年の創刊時からジャズに力を入れており(創刊号の特集はドーシー・ブラザーズ)、56年に人気投票を開始しました。こちらも上位ミュージシャンによるアルバムが数枚リリースされています。また、『エスクァイア』誌(1933年創刊)もジャズを頻繁に取り上げ、人気投票も行なっていました。

このように、1950年代後半には人気投票が多数ひしめきあうことになりました。読者層の違いがあるとはいえ大きな世界ではないですから、当然ながら人気ミュージシャンはそれぞれの上位にランクされることになりますが、「第1位総なめ」というすごい人も珍しくありませんでした。もっとも有名なのは、その名も「ザ・ポール・ウィナーズ」の3人です。これは『ダウンビート』『メトロノーム』『プレイボーイ』の3誌すべてで第1位(ポール・ウィナー)になった、ギターのバーニー・ケッセル(1923-2004)、ベースのレイ・ブラウン(1926-2002)、ドラムスのシェリー・マン(1920-84)のグループです。1956年の人気投票の結果を受けてのものでした。


『ザ・ポール・ウィナーズ』(コンテンポラリー)
演奏:バーニー・ケッセル(ギター)、レイ・ブラウン(ベース)、シェリー・マン(ドラムス)
録音:1957年3月18、19日
ザ・ポール・ウィナーズは、人気投票の結果に基づく「企画もの」バンドとしてスタートしましたが、同じメンバーでさらに4枚のアルバムをリリースしました。全員リーダー級にもかかわらず相性がよかったのでしょう。実力は言わずもがな。

『プレイボーイ』誌は、この56年が最初の人気投票でした。後発ということもあってか、発表の57年には全楽器のポール・ウィナーをフィーチャーしたオムニバス・アルバムも制作しました。タイトルは『ザ・プレイボーイ・ジャズ・オールスターズ』(プレイボーイ・レコーズ)。LP2枚組の大作です。そのライナーノーツにはじつに興味深い記載があります。それによれば、この人気投票には2万人以上の読者から投票があり、個々の項目への投票数は43万以上にも及んだそうです。 強調されているのは集計の厳格さで、その方法は「読者から10月号付属の投票用紙に記入して郵送してもらい、11月15日午前0時までの消印が押されたものだけを対象とする。すべての封筒は未開封のまま外部の公認会計士に渡される。投票はパンチカードに入力され、IBM社により集計される」というもの(わざわざIBMと書いてあるのは、当時最先端の企業だったから)。そして楽器ごとに上位13人がリストアップされました。

この年の『プレイボーイ』誌でのギター部門の結果は、1位がバーニー・ケッセル(ダントツの4,104票)、2位がサル・サルヴァドール(2,323票)、3位がボー・ディドリー(1,527票)でした。ディドリーが入っているのはジャンル的にかなり謎ですが、それよりも、「ケッセルってそんなに人気だったのか?!」という声が聞こえてきそうですね。たしかに現在「歴史上のジャズ・ギタリスト・ベスト5」で人気投票したらケッセルがそこに入るかどうかは微妙なところです。逆に必ずそこに入るであろうウェス・モンゴメリーもジム・ホールも、この56年はランク外です。それもそのはず、ふたりともソロ・デビュー直前の時期。つまり、人気投票はリアルタイムの活動を対象にしているのです。

ちなみに、アルト・サックスの首位はポール・デスモンド、トランペットの首位はルイ・アームストロングでした。チャーリー・パーカー(アルト・サックス)もクリフォード・ブラウン(トランペット)も名前がありません。パーカーは前55年に、ブラウンは56年6月に亡くなっていますので、対象にされていないのです。「人気投票」はまさに時代を映す鏡、その時どきの「生きたジャズ」の実像のひとつといえましょう。

今、「ちょっと待って、マイルスは何位? キャノンボールは?」という声が聞こえました。はい、お答えします。マイルス・デイヴィス(トランペット)は8位、キャノンボール・アダレイ(アルト・サックス)は7位でした。これは意外ですよね。それらについては次回以降で詳しく見ていきましょう。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。ライターとしては、電子書籍『サブスクで学ぶジャズ史』をシリーズ刊行中(小学館スクウェア/https://shogakukan-square.jp/studio/jazz)。編集者としては『後藤雅洋著/一生モノのジャズ・ヴォーカル名盤500』(小学館新書)、『ダン・ウーレット著 丸山京子訳/「最高の音」を探して ロン・カーターのジャズと人生』『小川隆夫著/マイルス・デイヴィス大事典』(ともにシンコーミュージック・エンタテイメント)などを手がける。また、鎌倉エフエムのジャズ番組「世界はジャズを求めてる」で、月1回パーソナリティを務めている。

 

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