文/池上信次
ジャズ・バンドにはさまざまな編成があります。ジャズほど多様な編成が当たり前になってる音楽はほかにはないと思います。たとえばふたりとか、あるいは10人のロック・バンドなんてあまり聞かないですよね。でもジャズではふたりは当たり前にありますし、10人でも珍しくありませんし、もちろんそれぞれちゃんと狙いがあってのことなのですね。

今回はジャズ・バンドの、「編成」について見ていきましょう。まず、ジャズは個人の「個性」「独自性」を聴かせる音楽ですから、複数のミュージシャンが同じパートを同じく演奏する「合奏」はほとんどありません。ジャズでは皆それぞれ違う楽器、パートを演奏するので、基本は「重奏」ということになります。ですから「X重奏団」と付いていれば、それは「X人編成」と同義です。そしてバンド名は、「誰それがリーダーの何人編成/何重奏団」で呼ばれるのが慣例化しています。ジャズにおいては編成が音楽スタイルを知る大きな情報となるのですね。では、どんな編成があるのか。日本語で「X重奏団」とすればすぐにわかりますが、ジャズの場合は英語で呼ぶことが、これまた慣例化しているので、それも合わせて紹介していきましょう。

*1人編成=ソロ(Solo)

まず1人編成。これはソロ(Solo)と呼ばれます。「独奏」ですね。ピアノ、ギターなどのコードも弾ける楽器はもちろん、ジャズではサックスなど単音の楽器でも珍しくありません。ソニー・ロリンズは1985年に、その名も『ザ・ソロ・アルバム』(マイルストーン)を発表しています。

ソニー・ロリンズ『ザ・ソロ・アルバム』(マイルストーン)

ソニー・ロリンズ『ザ・ソロ・アルバム』(マイルストーン)

なお、アドリブ演奏をすることを「ソロをとる」と表現しますが、それと区別するためピアノの独奏は「ソロ・ピアノ」など、アタマにソロと付けます。もっとわかりやすく「無伴奏ソロ・ピアノ」ともいいますね。

以下、ひとりずつ増やしていきます。

*2人編成=デュオ(Duo)

ふたりだと、「ソロ+伴奏」の分担をイメージしがちですが、ジャズではむしろ「主役ふたり」の構図です。どんな組み合わせもアリです。音がふたつしか出ないサックス・デュオもあれば、20音も出せるピアノ・デュオだってあります。

*3人=トリオ(Trio)

トリオといえば、ドラムスとベースともうひとつの楽器という組み合わせが多く、ピアノ(ギター)・トリオといえばピアノ(ギター)+ベース+ドラムスを指します。しかしこれはモダン・ジャズ以降の時代に定着したものです。たとえばスイング時代の大人気バンドであるベニー・グッドマン・トリオはクラリネット(グッドマン)+ピアノ+ドラムスでしたし、ナット・キング・コール・トリオはピアノ(コール)+ギター+ベースでした。ただし、ギター・トリオだけはギター3人の場合がありますのでご注意を。

*4人編成=カルテット(Quartet)

ピアノ・トリオ、ギター・トリオにソロ楽器が加わる形が多いですね。多くの場合、ソロをとる主役(リーダー)=おもに管楽器(ホーン)をトリオが支えるという構図になります。この形はホーンが1本なので「ワン・ホーン」と呼ばれます。ただし、サックスだけは(クラシックと同様の)サックス4人によるサックス・カルテットもあります。

*5人編成=クインテット(Quintet)

とくに注釈がなければ、トリオ+ソロ楽器(前に出てソロをとるのでフロントといいます)2人の形を指します。ハード・バップと呼ばれるタイプの演奏はほとんどこの編成です。フロントがアンサンブルもできますので、表現の幅が大きく広がります。トランペットとサックスといった2種類の異なる楽器の組み合わせが一般的です。

*6人編成=セクステット(Sextet)

クインテットのフロントにもうひとり加わります。多くは管楽器が3本になるので「3管編成」といえばこのセクステットを指します。3管になると、アンサンブル表現の幅は格段に広がりますが、きちんとしたアレンジが必要になってきますので、そのぶん「足かせ」も増えてくることになります。

*7人編成=セプテット(Septet)
*8人編成=オクテット(Octet)

ジャズの場合は、演奏の土台となるリズム・セクション(ピアノまたはギター+ベース+ドラムス)は基本的に各1人で足りますので、人数が増えた分はそれ以外の楽器ということになります。もちろんどんな楽器編成でもありですが、増えれば増えるだけ、相対的にソロの比重が下がってくることになります。というか、アンサンブルを聴かせることを演奏の狙いとするために人数を増やすわけですから、それは当然なのですが。

*9人編成=ノネット(Nonet)

ノネットでもっとも有名なのは、マイルス・デイヴィス・ノネットでしょう。そのサウンドは1949〜50年に録音された『クールの誕生』(キャピトル)で聴けますが、編成がじつにユニークです。ジャズではほとんど使われないフレンチ・ホルンとチューバを含む6本のホーンをフィーチャーしたもので、ほかにはない柔らかく厚いハーモニーを聴かせます。

マイルス・デイヴィス『クールの誕生』(キャピトル)

マイルス・デイヴィス『クールの誕生』(キャピトル)

また、ジャズでは9人編成には定型の編成があります。これはほかの9人編成と区別するため、「ナイン・ピース」と呼ばれています。編成は、トランペット× 2、トロンボーン×1、アルト・サックス×2、テナー・サックス×1、ピアノ×1、ベース×1、ドラム×1の9人で、あとで説明する「ビッグ・バンド」編成を構成する各楽器をぬきだしたものです。ビッグ・バンド(に近い)サウンドを最小限の人数で出そうという狙いから生まれました。

*10人編成=デクテット(Dectet)/テンテット(Tentet)

クラシックではデクテットですが、ジャズではテンテットとも呼ばれます。編成はいろいろで、1985年にその名も『テンテッツ』[テンテットの複数形](エンヤ)というアルバムを発表したフランコ・アンブロゼッティは、自身のフリューゲルホーン+トランペット×2、フレンチホルン×1、サックス×3+リズム・セクションでした。

はい。この上もちろんまだまだあります。

*11人編成=ウンデクテット(Un-dectet)
*12人編成=デュオデクテット(Duo-dectet)
*13人編成=トレデクテット(Tre-dectet)
*14人編成=クァトルデクテット(Quattuor-dectet)
*15人編成=クインデクテット(Quin-dectet)
*16人編成=セクスデクテット(Sex-dectet)
*17人編成=セプトデクテット(Sept-dectet)
*18人編成=オクトデクテット(Oct-dectet)
*19人編成=ノヴェンデクテット(Novem-dectet)
*20人編成=ヴィゲテット(Vigetet)

さすがに一般的でないということでしょう、1960年発表のアート・ペッパーの12人編成アルバムのタイトルは『アート・ペッパー・プラス・イレヴン』(コンテンポラリー)でした。また、マイケル・ブレッカー(サックス)が2004年に『ワイド・アングルズ』(ヴァーヴ)というアルバムを発表しましたが、そのときのバンド名が「マイケル・ブレッカー・クインデクテット」でした。初めて聞いたときは当然ながら「クインデクテット」って何?となってしまいました。編成は自身のテナー・サックスと、トランペット、トロンボーン、イングリッシュ・ホルン、フレンチ・ホルン、アルト・フルート、バス・クラリネット、ギター、ベース、ドラムス、パーカッションに加えて弦楽四重奏の4人という、ユニークな15人編成。これなら「クインデクテット」を強調したいのは当然ですよね。

マイケル・ブレッカー・クインデクテット『ワイド・アングルズ』(ヴァーヴ)

マイケル・ブレッカー・クインデクテット『ワイド・アングルズ』(ヴァーヴ)

11人以上でジャズで重要なのは、「17人の定型編成」です。これは「ビッグ・バンド」と呼ばれます。トランペット×4、トロンボーン×3、バス・トロンボーン×1、アルト・サックス×2、テナー・サックス×2、バリトン・サックス×1と、ピアノ、ギター、ベース、ドラムス各×1の17人。17人いればさまざまな組み合わせができますから、これと異なる「セプトデクテット」ももちろんありますが、多彩な「ジャズ・サウンド」を出せる楽器構成ということでこの編成が定着したのでしょう。

このように、ジャズの編成はまったく自由になんでもあり、なのですが、その一方で定型編成もちゃんとあるということはきちんと押さえておきたいところですね。

ところで、これまでいちばん大きな「ジャズ」編成は何か? CDで聴けるもので、合奏ではなく重奏(ひとり1パート)としてアレンジされたジャズ演奏であれば、おそらくデューク・エリントン・オーケストラとカウント・ベイシー・オーケストラの共演かと思われます。その演奏は『ファースト・タイム』(ソニー)で聴くことができますが、エリントン・オケ17人とベイシー・オケ16人の合計33人が共演しています。エリントンの「私の楽器はオーケストラ」という言葉からすれば、これは33重奏(トレトリゲテット/Tre-trigetet)ではなく、エリントンとベイシーの「デュオ」なのかもしれませんが……。

※本稿では『 』はアルバム・タイトル、そのあとに続く( )はレーベルを示します。

文/池上信次
フリーランス編集者・ライター。専門はジャズ。近年携わった雑誌・書籍は、『後藤雅洋監修/隔週刊CDつきマガジン「ジャズ100年」シリーズ』(小学館)、『村井康司著/あなたの聴き方を変えるジャズ史』、『小川隆夫著/ジャズ超名盤研究2』(ともにシンコーミュージックエンタテイメント)、『チャーリー・パーカー〜モダン・ジャズの創造主』(河出書房新社ムック)など。

 

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