文/中村康宏
適度な運動や身体活動は、生活習慣病などの病気を予防するだけでなく、自立した生活を送るための体力を維持向上させてくれます。しかし、運動したほうが良いとわかっていても、なかなか本腰入れて取り組むことが難しいと感じている方も多いのではないでしょうか?
さらに、無理な運動や実現不可能な目標設定をしては、運動習慣を身につけ維持させていくことにはつながりません。
そこで今回は、運動することの3つのメリットを再確認した上で、安全で効果的な運動をするためのポイントと注意点をご紹介しましょう。
■運動の3つのメリット
(1)健康寿命を延ばせる
日本人の健康寿命は世界第1位ですが、平均寿命との差は約10年の差があります。
平均寿命を左右するのはがんや心疾患、肺炎、脳血管疾患などの、いわゆる一般的な死因です。一方で、健康寿命はアルツハイマーなどの認知症や関節疾患、衰弱、骨折転倒、糖尿病などに左右され、これらの多くは予防をすることができるものです(※1)。そしてその予防に運動が効果的であることは、明白に示されています。
(2)病気を予防できる
日本人にとって、運動不足は喫煙、高血圧についで、生活習慣病関連死の3番目の危険因子とされています(※1)。運動不足は、高血圧、脂質代謝異常症、狭心症や心筋梗塞、糖尿病、脳卒中、がん、骨粗鬆症、骨折、大腸ガンなどのりスクを高めることがわかっています。
一方で、運動不足を解消することで、世界人口の平均余命は0.68年伸びると推定されています。また、3〜5%の体重減少で血圧や血中脂質が改善することがわかっています(※2)。
(3)医療コストを削減できる
運動・身体活動の推進による医療費削減効果についても、近年多くの報告がなされています。運動によって様々な病気を予防できるため、病気にかかる治療費が少なくなることは言うまでもありません。
また、運動不足は企業においては病気による休業だけでなく、なんらかの健康問題による仕事の効率低下はコストを増大させ、企業全体の生産性を低下させることが多く報告されています(※1)。そのため、企業にとっても運動不足解消は重要な課題なのです。
■では、どのような運動が適切なのか?
とはいえ、ただやみくもに運動すればいい、というわけではありません。本人の目的・嗜好・年齢・持病の有無などから、適切な運動を選択する必要があります。
一般的には、歩行時間を増やすなど無理のない程度に身体活動量を増加させることから始め、段階的に運動量を増加させていくことが推奨されます。さらに、本人の嗜好にあった運動を取り入れるなど、安全かつ運動の楽しさを実感できるように工夫することにより、運動療法の継続が期待されます(※3)。
いきなり目に見える結果を期待するのではなく、なによりも「続けられる」ことを目標にして、ご自身にあった運動を考えてみましょう。
■肥満の人には……
メタボなど肥満気味でエネルギー過剰状態になっている方は、運動とともに食事制限も取り入れることで、摂取エネルギーと消費量のバランスを取ることが有効です。
体重減少に伴って危険因子の改善が期待でき、さらに運動習慣の獲得によりインスリン抵抗性(インスリンの効きにくさ)の改善、血糖値の低下、中性脂肪の低下、HDL(善玉)コレステロール値の上昇、血圧の低下といった効果も認められています(※4)。
注意点としては、肥満かつ高齢の方については、食事制限により筋萎縮が生じやすいことがあります。そういう方は食事制限よりも運動主体の介入が望ましいでしょう。
また60歳前後を超えると、筋力低下が著しくなり、何かのきっかけで誰でもすぐに寝たきりになりうる状態となります。そのため、病気の予防だけではなく、心身機能の維持・向上に向けた予防、認知症予防、低栄養と、口内環境の維持に着目した総合的な予防を行って行く必要があります(※5)。
■運動する前に知っておくべき4つのポイント
(1)体重の変化より、筋肉量の変化が重要
外来で生活習慣を指導する時、体重を口にする人は多くいらっしゃいますが、筋肉量を意識している人は一人もいらっしゃいません。しかし、筋肉量は男女とも30歳代頃まで僅かに増加あるいは横ばいで推移し、45歳~50歳頃より減少し始めることがわかっています(※6)。
とくに男性の場合、蛋白同化作用を持ち筋肉量の発育を促進するテストステロンが、中年期以降では減少するため、筋肉量が減る割合が大きくなると報告されています(※7)。
(2)足の筋肉は健康長寿のエッセンス
下肢の筋肉量は上肢よりも減少率が大きいことは多くの研究で一致しており、下肢筋肉量は男女とも20 歳代より減少を認め、80歳までの減少率は約30%と大きな割合で変化します。これは、デスクワーク中心の職場環境や加齢に伴う身体運動量の減少が考えられています(※8)。
このことから、60歳前後からは、下肢筋力を必要とする歩行や階段昇降などの移動能力が、他の機能より先行して障害されてしまい、寝たきりのリスクを一層高めるのです。そして、運動機能の低下は認知症やさらなる筋肉量の低下を招く負の連鎖に陥ります。
(3)運動時間だけでなく運動強度が重要
運動強度が中等度で、持続時間が20~60分程度の有酸素運動が推奨されています。運動の強度は、運動中の酸素摂取量や心拍数などで表わされます。
中等度の運動は、人により異なりますが、心拍数120前後(138−齢/2)の運動と言われています。また、糖代謝の改善は運動後12~72時間持続することから、少なくとも週3~5日間の運動が必要です(※5)。
(4)持病のある人は医師の指導のもと行うべし
運動はなんでも体にいいわけではありません。リスクのある人は、事前に評価を行い、運動の強度、量、種類に配慮する必要があります。やり方を間違うと危険をもたらすこともあるため、持病のある人は運動を始める前に医師に相談してから始めましょう。
例えば、糖尿病治療中の人は、運動により血糖が下がり過ぎ低血糖を起こすリスクが高まります。また、自律神経障害のある人は、運動中に血圧低下や上昇を起こしやすく、運動中に突然死や心筋梗塞などの合併症を起こすおそれもあるため、慎重に行う必要があります(※5)。
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以上、今回は運動の3つのメリットと、安全で効果的な運動をするためのポイント、そして気をつけたい4つの注意点を解説しました。運動に関する情報は世の中に満ち溢れていますが、正しく実践しなければ意味がないだけでなく、危険を伴うことに注意してください。
その上で「筋肉の減少は命取り」ということを肝に命じ、いつまでも自立した生活を送るために、適度な運動をご自身のペースで生活に取り入れてみましょう。
【参考文献】
※1 厚生労働省
※2 Muramoto A, et al. Obs Res Clin Pract. 2014: 8; e466-75.
※3 科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013
※4 Newman AB, et al. Am J Clin Nutr. 2005: 15; 513.
※5 Sofi F, et al. J Intern Med. 2011: 269; 107-17.
※6 Janssen I, et al. J Appl Physiol. 2000: 89; 81-8.
※7 Baumgartner RN, et al. Mech Ageing Dev. 1999: 107; 123-36.
※8 Gallagher D, et al. J Appl Physiol. 1997: 83; 229-39.
文/中村康宏
関西医科大学卒業。虎の門病院で勤務後New York University、St. John’s Universityへ留学。同公衆衛生修士課程(MPH:予防医学専攻)にて修学。同時にNORC New Yorkにて家庭医療、St. John’s Universityにて予防医学研究に従事。