文/鈴木拓也

ウォーキングで認知症の発症率を40%減らす

内閣府の『高齢社会白書』(平成29年版)によれば、令和7年には認知症患者数が約700万人に増加すると推計されている。これは高齢者の5人に1人に相当し、年を重ねれば誰が認知症にかかってもおかしくない時代と言える。

今のところ認知症の予防薬と呼べるものは存在せず、早期段階で症状を和らげる薬剤ならばあるというのが現状だ。

ところが、少し視野を広げれば、びっくりするほど簡単でお金もかからない予防法がある。

それは「ウォーキング」。

「毎日意識的に歩くと、認知症の発症率を40%減らせる」―こんな研究結果を、著書『運動脳』(サンマーク出版)で紹介するのは、スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセン医師だ。

ウォーキングといえば、心肺機能の維持強化、血圧・血糖値の改善など、シニアにうれしい健康効果があることはよく知られている。しかし、脳の健康にも良いことが判明したのは、わりと最近のこと。脳トレと違って特に頭を使わなさそうな運動が、なぜ認知症を防ぐのか? ハンセン医師は、本書で次のように説明している。

私たちが歩くとき、脳は決して休んではいない。それどころか、歩いたり走ったりすると、脳内では様々な領域が協調しながら活動しているのである。あらゆる視覚情報が同時に処理され、運動皮質は身体を動かすために広範囲で忙しく働いている。また自分のいる場所を認識するために、脳の広い領域が活動する。(本書321pより)

言われてみれば、なるほどと納得できる。ちなみに、脳トレとして人気のクロスワードパズルだと、脳が働くのはほぼ言語中枢のみ。だから、認知症になりたくなければ、じっと座ってパズルを解くより、戸外で歩き回ったほうがずっといいということになる。

「集中力」を増す効果も

『運動脳』で語られる、ウォーキングの効用は認知症の予防に限らない。

「集中力」を高める効果もあるという。ハンセン医師は、被験者を2つのグループに分け、一方は週に3回のウォーキングを行い、もう一方は(心拍数を上げないレベルで)ストレッチやヨガを行った実験について記している。

両グループとも指定された運動を半年間続けた後で、エリクセン・フランカー課題に取り組んでもらった。この課題は、モニター上に(> > < > >のような)5つの矢印が表示されるテストで、被験者は真ん中の矢印が左右どちらを指しているかを、2秒で回答することが求められる。

この課題で問われるのは、専門的に言えば「選択的注意」の能力、つまり集中力だ。これが足りないと、ついついほかの矢印に注意が向いてしまい即答できなくなる。

この実験では、ウォーキングのグループが課題をうまくこなし、ストレッチやヨガのグループでは実験前に比べて変化はなかったという。ちなみに、ADHDの兆候のある子どもを対象にした異なる実験からは、ウォーキングだけでなく心拍数を増すそのほかの身体活動でも、集中力が改善することが示唆されている。

ランニングでうつ病が軽快する

11月のある日の夜、ハンセン医師は、勤務していた病院で40代の外来患者を診た。その女性は、重度の疲労感が終日続いていると訴えた。所見ではうつ病とわかったが、患者は抗うつ剤は飲みたくないと言い、セラピーにも懐疑的であった。

そこでハンセン医師がすすめた処方が、週3回、30分以上の「ランニング」。効果が実感できるまで数週間かかるが、抗うつ剤と同じ効果がありうると説明を添えた。
患者は、まずは短時間のウォーキングから始め、徐々に時間を長くし、ペースも上げていった。

初診から4か月が過ぎる頃には、週3回のランニングができるようになっていた。それに伴う変化は目を見張るものがあったという。

全般的に健康になり、夜もぐっすり眠れるようになっていた。また、短期記憶や集中力も改善した。職場でも家庭でも些細なことで不安を覚えなくなり、ストレスも減っていた。
乗馬も再開し、友人たちとも連絡を取り合うようになった。仕事もきちんとこなせるようになった。家族はあまりの変化に驚いて、こう言ったという。「ママが帰ってきた!」(本書167~168Pより)

なぜうつ病が、走ることによって軽快するのだろうか? 一つの手掛かりとして、ハンセン医師は、「BDNF(脳由来神経栄養因子)」というキーワードを挙げる。これは、主に大脳皮質や海馬で合成されるタンパク質で、「脳細胞がほかの物質によって傷ついたり死んだりしないように保護」するなど、脳の健康にかかわる多様な働きをする。

うつ病を患う人や自殺した人は、BDNFの分泌量が低いことがわかっている。また、うつ病患者が抗うつ剤を服用すると、BDNFの濃度は上がる。そして、うつ状態から回復すると、BDNFの分泌量も増えていくという。つまり、うつ病とBDNFの分泌量には、何かしら相関関係があるようなのだ。そして運動には、BDNFの生成を促す作用があることもわかっている。

ただそれには、ヘビーな運動を1回やったきりではダメ。「週に2回、30分ランニングをする」などというふうに、コンスタントに習慣づけることが必要だと、ハンセン医師は述べている。

* * *

ここでは割愛したが、運動(特に有酸素運動であるランニング)は、ストレスを緩和し、記憶力を増強し、創造性を高めるなど、さまざまな効用があることが説かれている。さらには、性格も好ましい方向へと変化し、幸福感も増すそうだ。寒いからとコタツにこもっているよりは、ちょっとの間でも外で走ったほうが絶対いい――筆者のような出不精でも、そんな気にさせてくれる有益な1冊である。

【今日の健康に良い1冊】
『運動脳』

アンデシュ・ハンセン著、御舩由美子翻訳
サンマーク出版

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文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。

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