文/鈴木拓也
今では格言のように使われる「これからの人生で、今が一番若い」。
言わんとする意味は、「人は日々少しずつ老いていき、それは不可逆的なのだから、やりたいことは今のうちにやっておきなさい」だと解している。
そう言われても、あまり奮起する気になれないが、もしも「これからの人生で、明日が一番若々しい」ならどうだろうか。
これなら、いろいろチャレンジしたい気持ちが湧いてきそうだ。
さて、言葉遊びでなく「明日が一番若々しい」と呼べそうな人がいる。
御年90歳の大村崑さんだ。
すらっと背筋が伸び、痩せてはいるが筋肉質の体つき。普段から速足で歩け、1階分ならエスカレーターを頼りにせずに上り下りできる。誤嚥や入れ歯とも無縁で、血液検査の数値も正常だという。
顔色もよく、初対面なら誰も卒寿の高齢者とは思わない。
ところが、である……大村さんは、86歳までは「ザ・おじいちゃん」であったと述懐する。その頃は、膝も腰も曲がってヨタヨタ歩き。ちょっとの外出で息切れする始末。
この数年の間に何があったのか。その顛末は、著書『崑ちゃん90歳 今が一番、健康です!』(青春出版社)に書かれている。
40kgのバーベルを背負ってスクワット
本書によれば、大村さんが健康優良おじいさんになれたのは、筋トレのおかげ。
妻の瑤子さんに、ジム通いをすすめられたのがきっかけだという。
当初はまったく乗り気でなかったが、ジムの受付の「筋肉は死ぬまで鍛えられます」「速く歩けるようになりますよ」といった説明で心変わり。若いトレーナーの指導のもと、鍛錬が始まった。
ジムでのトレーニングは、週2回で約1時間ずつ。頻度的には大したことがなさそうだが、運動習慣のない大村さんには、これでも大変だったという。初日でスクワットをするときの様子が、こう書かれている。
腰を沈めるときに、お尻をうしろへ突き出すように言われるのですが、それをすると、体ごとうしろへひっくり返りそうになるのです。脚の筋肉も尻の筋肉もあまりに弱っていて、体を支えることができないためです。
そこでバランスボールにもたれておこなうことになりました。
けれど、バランスボールの助けを借りても、腰を浅く3、4回沈めただけで両脚がブルブル震えだして、それ以上続けられないのだから情けない話です。(本書より)
トレーニングが終わると、しばらく動けないほど疲労困憊。しかし、このとき「何十年も経験したことのないほど爽快」な気分だったという。
それからの大村さんはジム通いにはまり、90歳の今、なんと40kgのバーベルを背負ってスクワットができるようになった。
19歳での肺結核の手術で片方の肺がなく、執刀医に「40歳までしか生きられない」と言われ、還暦間近で大腸がんを患い、死への恐怖を抱えることの多い人生だったが、筋トレは心までも変えてしまう。
ところが、今のぼくからは、寝たきり云々の不安も、死への恐怖もきれいさっぱり消えてしまったのです。筋トレで得た筋肉が、ぼくにとてつもない自信を与え、その結果、得体の知れない不安も具体的な恐怖も消滅してしまいました。(本書より)
おすすめの自宅でもできる筋トレ
大村さんは、本書のなかで実践的な話もしている。それが「自宅でできる! 4つの筋トレ」。準備体操に続いて、スクワット、ドローイン、肩甲骨引き寄せ、もも上げという4種目を続けるだけで、何歳であってもたくましい健康体を目指せるそうだ。
ここでは、ドローインを紹介しよう。
1. 仰向けに寝て膝を曲げる。ゆっくりと息を吸い込みながら、お腹をできるだけ大きく膨らませていく。お腹のなかで風船を膨らませるイメージで。
2. ゆっくりと息を吐きながら、お腹を引っ込めていく。おへそを床につけるイメージで、限界まで引っ込めること。
3. 1、2を15~20回くりかえす。夜寝るまえや、朝起きたあとに、寝床でおこなうのもおすすめ。
ドローインは、インナーマッスルの腹横筋を鍛え、出っ張ったお腹を引っ込めるのに効果的。ちなみに、上の回数はあくまでも目標であり、無理のない範囲で実施する。
筋トレ以外の健康法も
大村さんは、筋トレの成果を実感したおかげで、さらに健康増進への欲が出てきたという。そこで、手軽にできるさまざまな健康法を開始。それら10種の方法について、本書で記している。
声帯の筋肉を鍛える発声練習や、ゴルフボールを足指で握る足指強化など、ジムでのトレーニングを補完するようなものもあれば、医師との付き合い方やユーモア精神の発揮というものも。
食生活にも気を遣っており、なかでもブロッコリーは、毎日一房食べるほどのお気に入りだとか。この野菜は、(100グラムあたり)ビタミンCがレモンの約5倍は含まれているなど、栄養豊富な点が素晴らしいという。
ほかにもビタミンE、葉酸、カリウム、カロテン、クロム、食物繊維など多種多様な栄養素が含まれているそうですが、なんと言っても驚くべきは筋肉が大きくなるのに欠かせない「たんぱく質」の量。100グラムあたりの含有量が4.3グラムにも及びます。(本書より)
また、炭水化物をとりすぎないように注意しているそうだ。ただ、厳しい糖質制限をしているわけでなく、ごはんやパンは午前中だけ食べてよいと決めている。
* * *
大村さんの87歳の誕生日会で、月亭八方さんが「師匠、いったいいつまで生きるつもりです?」と問いかけた。大村さんは、「102歳やな」と答えたという。その時は「口から出まかせ」だったそうだが、今ではその年まで元気に生きられそうと自信を見せる。それも、ほんの数年前に始めた、筋トレをはじめとする健康法のおかげ。読んでいて、こちらも元気になって、自分も筋トレを始めたくなる。そんなパワーに満ちた1冊だ。
文中写真:田附愛美
【今日の健康に良い1冊】
『崑ちゃん90歳 今が一番、健康です!』
文/鈴木拓也 老舗翻訳会社役員を退任後、フリーライター兼ボードゲーム制作者となる。趣味は神社仏閣・秘境巡りで、撮った映像をYouTube(Mystical Places in Japan)に掲載している。