新型コロナウイルスの感染が広まる中で、感染予防として、また後遺症の治療に漢方薬が有効であったということをご存知でしょうか。
『漢方で感染症からカラダを守る!』の著者である渡辺賢治医師はこう言っています。
「漢方は、ウイルスそのものを標的として治療するものではなく、ウイルスを攻撃するのは、私たち自身が持つ生体防御能(または、生体防御機能)であり、漢方による治療はその力を十分に引き出すことが目的です」
ワクチン接種が進み、新型コロナウイルスの感染拡大が収束してきたようですが、いつまた感染が広まるかわかりません。人間が持つ生体防衛能の力を引き出す効果が期待できる漢方について、渡辺医師の著書『漢方で感染症からカラダを守る!』から紹介します。
文・渡辺賢治
今も昔も「風邪の治療法」は不変
現代医学(西洋医学)にも漢方などの伝統医学にも得手、不得手がある。 がんのような手術が必要な病気や、抗生物質が有効な感染症、急性心筋梗塞や急性腎不全のような緊急処置が必要な病気は、漢方薬だけでは治せない。
一方、風邪やインフルエンザ、新型コロナウイルス感染症など急性感染症の初期には、漢方薬が非常によく効く。 現代では、感染症といえば抗生物質、インフルエンザといえば抗インフルエンザ 薬が使えるから、漢方を古くさい時代遅れの治療法だと思う人もいるかもしれない。
しかし生物としての人間は、少なくともこの数千年、本質的に変わっていない。伝統医学だからといって、今の時代に通じないというわけではない。
喘息や花粉症のようなアレルギー疾患などの治療には、漢方薬を使うことで免疫のバランスが調整されて、治療後の再発も抑えられる。婦人科疾患や胃腸障害、老化に伴う症状、ストレス性疾患なども漢方治療が向いている。
私の学生時代、呼吸器内科の試験で「風邪の治療法を書け」という問題があった。正解は「安静・保温・保湿」であった。これは2000年前でも、今日でも変わらない。生体防御能をおろそかにして、解熱剤や抗生物質などの薬に頼るのは本末転倒なのである。
高齢社会に漢方を生かす
病気や症状によって、漢方がいいのか、現代医学が有効なのかときちんと見極めて、必要に応じて漢方薬を西洋薬と併用することが重要だ。現代医学と漢方が融合している日本の医療ではそれが可能である。
高齢社会の日本では今後、ますます漢方が重要になる。というのも、高齢者では複数の病気や訴えを持っているケースが多く、そのひとつひとつに西洋医学で対応すると薬の数が膨大なものになってしまうから、毎日10種類以上もの薬を飲んでいる高齢者は珍しくない。こうした多剤服用では、薬の相互作用による副作用が大きな問題となっている。
これに対して、ひとつの薬で多様な症状に対応できる漢方薬なら、多剤服用の問題は起こらない。また、結果として医療費節減にも役立つ。
もちろん漢方は抗酸化作用も強く、加齢による血管老化や、それに伴うさまざまな病気の予防も可能にする。アンチエイジングの薬としても注目されているのだ。
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渡辺賢治(わたなべ・けんじ)
慶應義塾大学医学部卒、医師・医学博士。慶應義塾大学医学部内科、東海大学医 学部免疫学教室、米国スタンフォード大学遺伝学教室、北里研究所 ( 現・北里大学 ) 東洋医学総合研究所、慶應義塾大学医学部漢方医学センター長、慶應義塾大学環 境情報学部教授を経て、1931 年に開設された漢方専門医院、修琴堂大塚医院院長 に就任。日本内科学会総合内科専門医、日本東洋医学会漢方専門医。横浜薬科大 学特別招聘教授、慶應義塾大学医学部漢方医学センター客員教授、WHO 医学科学 諮問委員、WHO 伝統医学分類委員会共同議長、神奈川県顧問、奈良県顧問、漢方 産業化推進研究会代表理事、日本臨床漢方医会副理事長等を兼ねる。