漢方治療では、指導だけで薬を出さないこともある【日本漢方医学の第一人者が教える漢方の基礎知識】4

新型コロナウイルスの感染が広まる中で、感染予防として、また後遺症の治療に漢方薬が有効であったということをご存知でしょうか。

『漢方で感染症からカラダを守る！』の著者である渡辺賢治医師はこう言っています。

「漢方は、ウイルスそのものを標的として治療するものではなく、ウイルスを攻撃するのは、私たち自身が持つ生体防御能（または、生体防御機能）であり、漢方による治療はその力を十分に引き出すことが目的です」

ワクチン接種が進み、新型コロナウイルスの感染拡大が収束してきたようですが、いつまた感染が広まるかわかりません。人間が持つ生体防衛能の力を引き出す効果が期待できる漢方について、渡辺医師の著書『漢方で感染症からカラダを守る！』から紹介します。

文・渡辺賢治

指導だけして薬を出さないこともある

漢方治療は生体防御能を最大限に引き出し、私たちの体が持つ自己治癒力を後押しするものだ。漢方では診療の一環として生活指導もするのはそのためだ。薬を服用してもらい、通院のたびに様子を見ながら、食生活や睡眠、仕事のことなど日常の生活について話を聞き、さまざまな指導や助言をする。少し運動をすれば解決するとか、少し食べるのを控えれば解消する症状なら、指導だけして薬を出さないこともある。

ただ、それに素直に従ってもらえるとは限らない。患者さんのなかには、医者や薬は病気を治して当然と考える人もいる。

たとえば、「湿疹で悩んでいる」という患者さんに問診して、甘いものを食べたときに悪化するとわかった場合、漢方医が「甘いものを控えてください」と言うと、 反発する患者さんがいる。「甘いものを控えたら治るというのなら医者にかかる必要はない。甘いものはやめられないけど湿疹は治して欲しい」「時間とお金を使って通っているのだから、 何とかするのが医者ではないのか」と考える人は少なからず、いる。

現代人は、暑さ寒さをしのいで、空腹を満たせるだけでは満足できない。自分の好みに合った、より快適な生活を求めているようだ。豊かな生活を満喫することが当たり前で、がまんすることは不遇だと感じてしまうのが現代の日本人なのかもしれない。

しかし、少し運動をすれば解決するとか、少し食べるのを控えれば解消する問題であるにもかかわらず、それを怠って医者や薬に頼るのは、やはりおかしい。

健康を他人任せにせず、自分で管理する

健康を他人任せにせず、自分で管理する─ ─考えてみれば当たり前のことだ。 生活習慣病だけでなく、多くの病気は健康なときに予防しておけばリスクを下げられる。症状が現れてから医者にかかっても、簡単に治る病気ばかりではない。

がんであれ認知症であれ、発病するまでは何十年という時間がかかる。こうした病気の背景に、若い頃からの生活習慣があることはわかっているのに、不摂生をやめられないのが昨今の日本人なのだろう。

分業することで効率化して豊かになったのが現代の産業社会だが、自分の健康まで分業化して医療者に任せてしまったのでは、健康の維持はおぼつかない。

コロナ禍は、現代人がそうしたことを思い起こす機会になるのではないかと思う。

＊　＊　＊

渡辺賢治（わたなべ・けんじ）
慶應義塾大学医学部卒、医師・医学博士。慶應義塾大学医学部内科、東海大学医 学部免疫学教室、米国スタンフォード大学遺伝学教室、北里研究所 ( 現・北里大学 ) 東洋医学総合研究所、慶應義塾大学医学部漢方医学センター長、慶應義塾大学環 境情報学部教授を経て、1931 年に開設された漢方専門医院、修琴堂大塚医院院長 に就任。日本内科学会総合内科専門医、日本東洋医学会漢方専門医。横浜薬科大 学特別招聘教授、慶應義塾大学医学部漢方医学センター客員教授、WHO 医学科学 諮問委員、WHO 伝統医学分類委員会共同議長、神奈川県顧問、奈良県顧問、漢方 産業化推進研究会代表理事、日本臨床漢方医会副理事長等を兼ねる。