新型コロナウイルスの感染が広まる中で、感染予防として、また後遺症の治療に漢方薬が有効であったということをご存知でしょうか。

『漢方で感染症からカラダを守る!』の著者である渡辺賢治医師はこう言っています。

「漢方は、ウイルスそのものを標的として治療するものではなく、ウイルスを攻撃するのは、私たち自身が持つ生体防御能(または、生体防御機能)であり、漢方による治療はその力を十分に引き出すことが目的です」

ワクチン接種が進み、新型コロナウイルスの感染拡大が収束してきたようですが、いつまた感染が広まるかわかりません。人間が持つ生体防衛能の力を引き出す効果が期待できる漢方について、渡辺医師の著書『漢方で感染症からカラダを守る!』から紹介します。

文・渡辺賢治

漢方薬の味が「心地いい」と感じられるとき

そもそも、漢方薬とはどんな薬なのだろうか。

漢方薬とは、一定のレシピによって数種類の生薬を組み合わせて作られた薬(これを「方剤」と呼ぶ)である。生薬とは、植物を中心とした 薬理作用のある天然由来の産品を乾燥させたものだから、特有の風味がある。

西洋薬は、ほとんどが化学的に合成された物質であり、飲みにくい風味があったとしてもそれを感じさせないよう、錠剤やカプセルになっているのとは対照的だ。

みなさんのなかには、漢方薬に「苦い」、「ヘンな味」がする、「独特の匂い」があるなどといったイメージを持つ方もいるかもしれないが、実は、味や匂いも大切な意味を持っている。

味については酸・甘・苦・辛・鹹(塩辛い)の五味があり、味で薬理作用が決まると考える。酸味は収斂(引きしめる)作用、甘味は滋養作用、苦味は燥湿(余分な水分の滞りを取り去る)作用、辛味は発汗・発散作用、鹹は軟堅(堅いものを軟らかくする)作用、瀉下(有害物質を排泄する)作用があるとされている。

また匂いには、「気(生命活動の根本的なエネルギー)」の流れを整えたり、衰えを抑えたりする働きがある。生薬には、日本人にも馴染みのある「薄荷」や「紫蘇」など香りのよいものも多い。

「茴香」は西洋ハーブのフェンネルのことだし、「桂皮」は スパイスとして使われるシナモンだ。こうした多彩な生薬の組み合わせによって、実にさまざまな風味となるのが漢方薬である。

たとえば「葛根湯」であれば、「葛根」、「麻黄」、「桂皮」、「芍薬」、 「生姜」、「大棗」、「甘草」の配合量が決まっており、シナモンの甘く爽やかな香り に「生姜」の辛みや「大棗」・「甘草」の甘みなどが絡み合う。ちょっと変わったハーブティーのように感じる人もいるだろうし、薬臭いと感じる人もいるかもしれない。

私たち漢方医にとって、漢方薬を服用した患者さんの感想も大切な情報になる。 というのも多くの場合、漢方薬の味は患者さんそれぞれの「証」に合っていると美味しく感じるものだからだ。苦味の強い薬など、積極的に「美味しい」とは感じないまでも、案外、違和感なく飲めて不思議に心地よかったりもする。

簡便なエキス剤が主流だが、煎じ薬ならではの利点がある

伝統的な漢方薬の多くは「煎剤(煎じ薬)」だった。複数の生薬を刻んで配合したもので、服用するときは水から煮出してかすを漉し、煎じた液体を飲む。

また、「当帰芍薬散」や「四逆散」のような生薬を細かく砕いた散剤(粉薬)や、 砕いた生薬を蜜で丸めた「八味地黄丸」や「桂枝茯苓丸」といった丸薬もある。生薬を砕くのは薬研という器具である。映画『赤ひげ』で有名になった、江戸時代の医者が車輪のようなものでゴリゴリと生薬を粉砕する道具である。現代ではミルで一気に粉砕する。これらは熱に弱い成分や、加熱で蒸発しやすい芳香性の精油成分を含んだ生薬が使われているため、煎じ薬でなく「散」や「丸」という形を取っている。

散剤は煎じる手間もなく、すぐに服薬できる利点があり、丸薬は少しずつ胃のなかで溶け出して効力を発揮するように工夫されたものだ。これら剤形の違いというのは、それぞれ生薬の薬効が最大限に働くよう、長い歴史のなかで工夫されてきたのである。

現在、医療機関で多くの場合に処方される漢方薬はエキス剤と呼ばれ、煎じ薬を熱風で急速に乾燥(噴霧乾燥=スプレードライ)させて作られたもので、いわばフリーズドライのコーヒーやスープのようなものだ。

エキス剤は、基本的には湯飲み茶碗半分くらいの熱湯で溶かして服用する。溶けるまでしばらくかかるので、しばらく待ってすっかり溶けてから飲む。うまく溶けなければ、電子レンジで20〜30秒ほど温めてもよい。

エキス剤にはこのほか錠剤やカプセル剤もあって、普段から見慣れた西洋薬とほとんど同じ形状をしている。簡便で扱いやすく、品質も安定しており、煎じ薬よりも匂いや味が気にならない点でも使いやすい。大方の病気にはこのエキス剤で対応できるので、現在の主流になっている。

しかしながら煎剤、いわゆる煎じ薬が望ましいケースもある。生薬の配合を細かく調整する必要がある場合だ。コロナ禍で登場した「清肺排毒湯」のように、煎じ薬しか存在しない場合もある。

また、日本人に合うように中国のオリジナルの配合を加減できるのも煎じ薬ならではの利点である。「清肺排毒湯」は、急性疾患に対して、1週間程度服する薬だが、慢性疾患の場合には、「補中益気湯」など、日常的に飲み続けてもらう漢方薬もある。

こうした場合、エキス剤もあるけれども、煎じ薬であれば患者さんに合わせて細かく調整できるし、手間はかかるけれども、毎日煎じることで健康意識も高まる。インスタントコーヒーとドリップコーヒーが違うように、煎じ薬では生薬の香りもしっかりと感じられるため、香りによる相乗効果も期待される。実際、コーヒーメーカーのような自動煎じ器もあるので、いくぶん手間は省けるはずである。

漢方医院に通院する患者さんはさまざま

現在、日本ではおよそ90%の医師が日常の診療で漢方薬を処方している。「なんとなく不調」といった不定愁訴や更年期の症状など、西洋医学が苦手とする症状に対してよく使われており、一部の疾患では漢方薬を第一選択に挙げる医師も多い。

風邪の治療に漢方薬を処方する医師も増えている。解熱剤で熱を下げたり、咳止めで咳を止めたりと、症状に対してピンポイントで治すよりも、生体防御能を高めたほうが、結果的に治りがいいことが広く知られてきたからだ。

日頃から漢方薬を使っている私たちは「漢方薬がこの病気に効いた」といわれて意外に思うことはないけれども、一般の人には意外だったり驚いたりすることも多いようだ。

ただ、何らかの機会に漢方薬を飲んだことから、その効き目を実感する人も少なくない。

私が診ている患者さんにもこんな人がいる。 60代の男性で、若い頃から自転車を趣味としていて、週末は100キロメートルくらいの遠出を楽しんでいたそうだが、 50歳前後から、よくこむら返りを起こすようになったという。

帰り道の峠でふくらはぎや腿が攣ると大変だ。しばらく休んで筋肉を伸ばしたりマッサージしたりしても、少し力を入れるとまた攣ってしまう。何度かそんなことがあって、不安から遠出も控えがちだったそうだが、あるとき仲間と出かけて、やはりこむら返りを起こしてしまった。仲間のひとりが「これを飲むとすぐ治る」と、常備しているという「芍薬甘草湯」をくれたので服用したところ、5分もしないうちにすっかり治まり、その後の帰路も順調で驚いたそうだ。 「半信半疑で飲んだのですが、本当にすぐに効果が出たのには驚きました。漢方薬はジワジワ効くものだというイメージがたちまち変わりました」とのことである。

実際、患者さんが漢方に興味を持つ理由はさまざまだ。今回のコロナ禍で私が診療した患者さんの大半は、大塚医院の患者さん、もしくは個人的な知り合いから相談された方である。ネットなどで調べて電話をかけてきた患者さんももちろんいるが、比率は低い。感染症に対して漢方が有効だ、という考えがない人が漢方治療に行き着くことはない。

漢方に関心を持つ人がもっと増えて、感染症に対する漢方治療の利点が広く知られるようになってほしいと心から願っている。

* * *

『漢方で感染症からカラダを守る!』(渡辺賢治著)
ブックマン社 
「感染しないためには何が大切なのか」「いざ感染したら重症化を防ぐためにどんな選択肢があるのか」を知り、備える本。

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渡辺賢治(わたなべ・けんじ)
慶應義塾大学医学部卒、医師・医学博士。慶應義塾大学医学部内科、東海大学医 学部免疫学教室、米国スタンフォード大学遺伝学教室、北里研究所 ( 現・北里大学 ) 東洋医学総合研究所、慶應義塾大学医学部漢方医学センター長、慶應義塾大学環 境情報学部教授を経て、1931 年に開設された漢方専門医院、修琴堂大塚医院院長 に就任。日本内科学会総合内科専門医、日本東洋医学会漢方専門医。横浜薬科大 学特別招聘教授、慶應義塾大学医学部漢方医学センター客員教授、WHO 医学科学 諮問委員、WHO 伝統医学分類委員会共同議長、神奈川県顧問、奈良県顧問、漢方 産業化推進研究会代表理事、日本臨床漢方医会副理事長等を兼ねる。


 

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