さて、全国各地の蔵で酒づくりの実際を担当する責任者を「杜氏」と呼ぶのが一般的ですが、じつは彼らの技にも「流派」があることをご存知でしょうか。
昔は杜氏の出身地は決まっていて、彼らは故郷に連綿と伝わる独自の酒づくりの技法を一身におさめていました。なかでも岩手の南部杜氏、広島の広島杜氏、新潟の越後杜氏、石川の能登杜氏、兵庫の丹波・但馬杜氏などの各流派の名が広く知られています。彼らの多くは夏の間は故郷で農業に勤しみ、冬場は酒づくりのプロとして全国の蔵元に散ったのです。
一般に南部流は「繊細」、広島流は「濃淳」、越後流は「淡麗」などといわれるように、流派の違いは筆跡にも似て、その味や香りに表れてくるものでした。
つまりは、長龍酒造は繊細優美な酒づくりを得意とする南部流を受け継ぐ蔵と思っていいでしょう。製造責任者として吉岡さんが後を受けた平成27年春の全国新酒鑑評会でも、出品酒はみごとに金賞を受賞しています。
今宵の一献は、長龍酒造が新たな試みとしてスタートさせた“四季咲(しきざき)”という銘柄のシリーズから、その名も『四季咲 半夏生(はんげしょう) 純米吟醸無濾過生原酒』を紹介します。風変わりな名前のお酒だと思われる方も、あるいは多いかも知れませんので、まずは「二十四節気・七十二候(にじゅうしせっき・しちじゅうにこう)」の暦日に関係した名の由来から説明しましょう。
小寒・大寒、立春・雨水(うすい)、啓蟄(けいちつ)・春分など、1年の季節の変化を24等分した「二十四節気」は、みなさん、ご存知かと思います。半月ごとの季節の変化が二十四節気で、その節気のひとつをさらに初候・次候・末候の3つに分けて、より細かく折々にうつろいゆく気象や動植物の変化を知る目安にしたものが「七十二候」。ですから、各候には気象や動植物の呼び名が冠されています。
二十四節気の「春分」に例をとれば、その間の3つの候は「雀始巣(すずめはじめてすくう)」「桜始咲(さくらはじめてさく)」「雷乃発声(かみなりこえをはっす)」という具合。うつろいゆく季節がまさに目に見えるようですね。
長龍酒造の『四季咲』シリーズは、そんな季節の細かなうつろいを伝える七十二候から、年間7つの候を選んで、折毎にふさわしい最良の味わいの日本酒7種類を世に送り出すことを主題にスタートしたものです。
そのひとつが『四季咲 半夏生』。その名は七十二候の歴日のひとつ「半夏生(はんげしょうず)」に由来します。これは「半夏(はんげ)」という名の薬草(別名・烏柄杓=からすびしゃく)が生える時期をさしていて、その日までに農家は田植えを終えることを目安にしていたといいます。ちなみに、奈良県の長龍酒造の周辺一帯では、この日を“はげっしょ”と呼び、田植えを無事に終えたことを田の神に餅を供えて感謝する風習があったといわれます。
今年(2016年)は、7月1日が「半夏生」の日にあたっています。
長龍酒造『四季咲』リーズは、啓蟄次候3月10日の『桃始咲(ももはじめてさく)』、立夏末候5月15日の『竹笋生(たけのこしょうず)』、芒種末候6月16日の「梅子黄(うめのみきばむ)」と続き、そして、まさに夏至末候7月1日に合わせて出荷されたばかり、今の時節しか味わえないのが『四季咲 半夏生』です。