
立山連峰から富山湾へと流れ込む清冽(せいれつ)な水は、古来より富山の暮らしと文化を育んできました。なかでも日本酒造りにおいて、この水の存在は極めて重要です。高低差のある地形を流れる過程で不純物が入りづらく、きわめて清浄な水質を保っているのです。近年、北陸新幹線の開通により首都圏からのアクセスが向上したことで、この地の日本酒の魅力が、より多くの愛好家に知られるようになってきました。
文/山内祐治
目次
入手困難な富山の銘酒。「勝駒」に見る伝統の技
フルーティーな香りが魅力の富山酒。新世代が挑む革新の味
世界が注目するIWA。シャンパーニュの巨匠が描く新境地
幻の銘酒を求めて。富山が誇る珠玉の一滴
おすすめの富山酒。知る人ぞ知る極上の銘柄
まとめ
入手困難な富山の銘酒。「勝駒」に見る伝統の技
富山の日本酒を語る上で、第一に挙げられるのが「勝駒」です。バナナやメロンを思わせる華やかな香りと、澄み切ったクリアな味わいを持つこの銘柄は、日本酒通の間で“幻の酒”として知られています。取り扱い酒販店が限られていることに加え、蔵元の徹底した品質へのこだわりから、出荷量が厳しく制限されているためです。
一方で、品質の高さと入手のしやすさを両立させた銘柄も存在します。例えば「羽根屋」や「満寿泉」は、「勝駒」に匹敵する品質を持ちながら、比較的入手しやすい銘柄として知られています。富山の酒造りの特徴である丁寧な仕込みと、清冽な仕上がりは、これらの銘柄にも共通して見られる特徴です。
フルーティーな香りが魅力の富山酒。新世代が挑む革新の味
富山の日本酒の魅力の一つが、フルーティーな香りを纏う銘柄の多さです。その代表格である「羽根屋」は、洋梨やリンゴを思わせるカプロン酸エチル系の香りが特徴です。「出てほしくない味は出さない」という蔵元の強い信念が、その品質を支えています。きらびやかなラベルデザインも相まって、若い世代からの支持も厚い銘柄です。
「満寿泉」もまた、特筆すべき存在です。バナナやメロンの香りに加え、山田錦を使用することで実現される芯の通った味わいが特徴です。蔵元は“量よりも質”という方針を掲げ、丁寧な酒造りに徹しています。さらに、ワイン樽での熟成など、新しい試みにも積極的に取り組んでおり、伝統と革新のバランスも見事。カカオやチョコレートを思わせる香ばしさと、フルーティーな甘やかさが調和した味わいは、多くの日本酒ファンを魅了しています。
世界が注目するIWA。シャンパーニュの巨匠が描く新境地
富山の日本酒界に革新的な風を吹き込んだのが「IWA 5」です。シャンパーニュの名門「ドン・ペリニヨン」でアッサンブラージュを担当したリシャール・ジュフロワ氏が、日本への深い愛着から、キャリアの集大成として取り組んだプロジェクトです。「満寿泉」の桝田社長との出会いがきっかけとなり、この画期的な日本酒が誕生しました。
建築家・隈研吾氏がデザインした白岩の酒蔵は、その外観からして従来の酒蔵のイメージを覆すモダンな佇まい。ここで醸造される「IWA 5」は、カスタードクリームやシナモンを思わせる重層的な香りと深みのある味わいが特徴です。当初は「満寿泉」の原酒を使用していた時期もありましたが、現在は自社での一貫製造体制を確立。赤ワインに近い温度帯(15〜18℃)で、なおかつワイングラスで楽しむことで、その真価を最大限に引き出すことができます。

幻の銘酒を求めて。富山が誇る珠玉の一滴
富山の幻の日本酒として、まず挙げられるのが、やはり「勝駒」です。長年にわたり、富山でしか入手できない幻の銘柄として知られ、その評価は今なお揺るぎません。
また「IWA 5」も、その限定的な生産量と高価格帯から、特別な機会に楽しまれる希少な銘柄として位置づけられています。適切な温度管理と、ふさわしいグラスで味わうことで、その真価を十分に堪能することができます。
おすすめの富山酒。知る人ぞ知る極上の銘柄
富山には、まだ広く知られていない優れた銘柄が数多く存在します。林酒造場が醸す「林」は、富山産の酒米を使用し、適度なエキス分としっかりとした味わいが特徴です。富山の日本酒は一般的に淡麗な味わいが多い中、「林」は適度な旨味と綺麗さを両立させた稀有な存在です。
また、山廃造りを得意とする「三笑楽(さんしょうらく)」は、熟成による味わいの変化を楽しめる逸品です。伝統的な製法による深い味わいは、日本酒通を唸らせています。
富山旅行の際に入手しやすい銘柄としては「苗加屋」(のうかや)がおすすめです。同じ蔵元がウイスキー「三郎丸」も製造しており、日本酒とウイスキー、それぞれの魅力を味わい比べることができます。異なる製品で多様な表現を追求する姿勢は、富山の酒造りの進取性を象徴しています。
まとめ
富山の日本酒は、立山連峰からもたらされる清冽な水と、確かな技術に支えられた伝統の味わいを守りながら、新しい挑戦を続けています。「勝駒」や「満寿泉」といった伝統ある銘柄から、「IWA 5」のような革新的な試みまで、その多様性は日を追うごとに広がりを見せています。
特筆すべきは、どの銘柄にも共通する品質への妥協なき姿勢です。出荷量を限定してでも最高品質を追求する真摯さが、富山の日本酒の評価を支えています。フルーティーな香りから重厚な味わいまで、様々な個性を持つ富山の日本酒は、これからも日本の酒文化の新たな地平を切り開いていくことでしょう。

山内祐治(やまうち・ゆうじ)/「湯島天神下 すし初」四代目。講師、テイスター。第1回 日本ソムリエ協会SAKE DIPLOMAコンクール優勝。同協会機関誌『Sommelier』にて日本酒記事を執筆。ソムリエ、チーズの資格も持ち、大手ワインスクールにて、日本酒の授業を行なっている。また、新潟大学大学院にて日本酒学の修士論文を執筆。研究対象は日本酒ペアリング。一貫ごとに解説が入る講義のような店舗での体験が好評を博しており、味わいの背景から蔵元のストーリーまでを交えた丁寧なペアリングを継続している。多岐にわたる食材に対して重なりあう日本酒を提案し、「寿司店というより日本酒ペアリングの店」と評されることも。
構成/土田貴史
