さて、秀吉の話が長くなってしまったが、ここで言いたいのは、秀吉は蕎麦切りを知っていたが、それよりも蕎麦がきの味が好きだったのではないかということなのだ。農民のころに食べた蕎麦がきは、とても美味しい食べ物だったのではないだろうか。
蕎麦切りと蕎麦がきの材料は、ほとんど同じ。蕎麦粉と水で作るものだが、仕上がりは火と水ほどに違った料理ということができる。
蕎麦切りは、一度茹でたものを、冷水で締めて、それを冷たい状態で味わうもの。この冷たい蕎麦の食べ方が、いつから始まったのかという話を始めると、また長くなるので、ここでは触れないが、現代の食べ方の話として、お読みいただきたい。
対する蕎麦がきは、蕎麦粉と熱湯を素早くかき混ぜ、熱々の状態で食べる料理だ。
「蕎麦切り」と「蕎麦がき」。口に入る蕎麦はそれぞれ、冷たいものと、熱いもの、正反対の状態になる。当然、食味も大きく異なる。
蕎麦がきは、溶けるほどにとろとろの蕎麦の美味しさを味わうもので、反対に蕎麦切りは、少々硬めのコシと風味を楽しむもの。両者は、まったく違う料理なのだから、秀吉が蕎麦切りの味を知っていながら、蕎麦がきのほうを好んだとしても、なんら不思議はないのだ。
「蕎麦がき」もまた、蕎麦の旨さ、醍醐味を十分に堪能できる「通」好みの料理といえる。今度、蕎麦屋に入ったら、品書きを見て、蕎麦がきが載っていたなら、ぜひ、注文していただきたい。以上のような事柄を承知したうえで、蕎麦がきを味わえば、またひとつ新たな蕎麦の世界の扉が開けるに違いない。